
「ちょいとあれ見なタコ焼き屋さんが通る。」
エースがそう嘯く時は、多くの場合マジでそのすぐ後にタコ焼き屋さんが通るから不可思議なものである。
エースにはタコ焼き屋さんの接近を感じることの出来る、何か特別な能力でも備わっているのだろうか。
ヘイ、エース。君はタコ焼き屋さんの接近をつぶさに感じ取り、さらにそれを僕たちに知らせてくれる魔法の男さ。僕たちが決してタコ焼きを買わないことを知っていながら君は、今日も僕たちにタコ焼き屋さんの接近を教えてくれるシニカルな男さ。タコ焼き屋さんの接近を知らせてくれることは百歩譲って我慢するとしてエース、君は何故にタコ焼き屋さんの接近を感じ取ることが出来るんだい。それはリリカルな魔法によって成されることなのかい?
エースは少し困ったような、照れたような表情で頭をポリポリと掻き、そして鞄の中から小さなナイロン袋を取り出したかと思うと、その中にパンパンに詰まった芋けんぴを摘んでポリポリと食べ始め、一本の芋けんぴでエースが我慢できるハズが無い、ここからは決壊したダムのようにエースの怒涛の芋けんぴタイムが始まるんだな、と僕たちが覚悟したのも取り越し苦労、というのはエースは一本の芋けんぴをポリポリと食べてしまうとその袋を鞄の中に仕舞いこんだ。
呆気に取られてエースのことをしばし眺める僕たちの視線に気づいたエースが、少し困ったような、照れたような表情で頭をポリポリと掻いたので僕たちは「見てない見てない」といった感じで視線を明後日の方向にキョロキョロさせてみて、もうエースの恥ずかしさも雲散霧消したであろうタイミングで視線を再びエースに戻すと、エースは先程までのハニカミボーイが嘘のように腕をだらんと下ろしての真顔で虚空を見つめていたのでちょっとびっくりしたが、僕たちの視線に気づいてハッとして、少し困ったような、照れたような表情で頭をポリポリと掻いたので僕たちは「エースとはいえ、そんな時もあるよな。」てな感じの視線を互いに交わしていると、エースは口をパクパクとさせ、何か声にならない声のようなものを発してきたので、お、こいつはいよいよエースのタコ焼き屋さんが接近していることをつぶさに感じ取る能力の秘密を知れるのかしら、と期待に胸を膨らませるのは僕たち。
エースは暮れなずむ西の空に切なげな目線をやったかと思うと、暫くの間そうしていたが、やがてエースの切なげな表情をたたえたその横顔の口元が、かすかに波打ってとても控えめな声で何かを呟いていることに僕たちは気づいた。僕たちは若干エースとの距離を詰めて、エースが何を語らんとしているのか、耳をそばだててみる。
「やっぱあれやな、一回吉谷さんのとこに電話せなどんならんなぁ…。そうせな鴻島も具合悪いやろ…。えぇ?おぉん。」
どうやらタコ焼き屋さんの接近を感じ取ることの秘密ではなく、なにかエースにとって直近で起こった少し面倒くさそうな出来事に対する解決策を独り言としてブツブツと呟いていただけのようである。
しかし僕たちはそれにガッカリともせず、そりゃあエースとあれば常に孤独と責任に付きまとわれているもの、多少の困りごとは解決策を独り言として口に出すことによって自分で自分を安心させているのであろう。なぁに、回答を遮二無二急ぐ訳でもないし、ここはエースが笑顔で、以前のような弾ける笑顔でこの謎に対する答えを言う気になるまでは、今一度大人しく待とうではないか。