
別段、特技のない者であるとしてもボールのひとつやふたつ触れたことはあるだろう。それがたとえ別段、特技でないとしても別段、触れたことほどはあるだろう。それがいくらしょうもないボールであろうと、はたまた特殊なボールであろうと別段、別段だとしても触れるきっかけくらいは長い人生の中でひとつやふたつはあっただろう。ただしそれは別段、トスが如くのソフトな触れ具合でないにしろ別段の特技の経験のない者でもあるだろう。
しかし、特殊なボールのトスとなると話は別の、別段の話となってくるそ。特殊なボールのトスだけに関しては、これは何の変哲なきボールのトスとは一際の別段になるのそ。
ならば何が特殊かと言われれば、それは一般的なイメージのあるボールとは異なり、一言で表すと「特殊な」ということに他ならぬのであるが、何が特殊であるのかと言われるとこれはもう実際に見て、触れて感じてもらうしかなくこれを称して「筆舌に尽くし難い」というような逃げの一手に逃げるしかなくなるのであり、しかし実際にあの特殊なボールを目の当たりにすればいくらアホな貴方とて「こでは、こでは確かに筆ぜちゅに尽くしむずい種の物。オデには尽くしむずい。そんな特殊さの物。ボールの物。」と思わず舌を巻いてヨダレを垂らして鼻水を啜りながらその場で小走りを走るような真似をするに終わるであろう。
それほどの特殊さをもったボールであるということを存分に感じていただいてトスしていただければ、って思っていて。
じゃあその特殊なボールをトスしてゆくということをどうやって推し進めていけばいいのだろう。
少年の日に思い描いた夢のカケラを此の期に及んで取り出して見つめて、許して、支え合って、どうやっていけばいいというのだろう。
ムチムチのおばんが5人も6人も集まって、
「見やれ、我らムチムチムーチーズ!」
などと叫んでいるとして、それを無視してご飯を食べ続けることなど出来るであろうか。
「もっと自分に誇りをもってよ!それはほら、我らムチムチムーチーズのように!てやぁっ!」
かようにハイションテンのムチムチムーチーズを目の前にして、平常心を保ちつつ特殊なボールのトスをやり切ることが……。
近隣に広がる海の匂いが凄まじきこの謎のコートの上、いよいよ激闘の火蓋が切って落とされて煮込まれる。
住まいの畳返しが押しに押してかなり遅刻してきたベテランの審判が照れたように笑いながらコートへと早歩きで入ってきた。遅刻したにも関わらず神妙さのひとつもたたえず照れ笑いをしている理由は、これは審判は別段、両ティームの選手のイライラジリジリした感じの空気を読めていない、というわけではなく、私はベテランの審判であるので立場的に少々遅刻しようがこのハニカミスマイルさえ見せれば笑って許してもらえる、許せ、と心の底から思っている真性のドクズであるからで、今日の日のために体調や身なりを万全に整えてきた選手のことなど二の次に試合後の打ち上げでキャバクラまでは経費でなんとかしようと銭勘定の画策をする審判の人間性の浅はかさ、情けなさ、みっともなさが会場のヴォルテイジを否が応でもブチ上げるというのはなぜなら審判のその手に鷲掴みにされているのはそう、特殊のボール。特殊さのボールだったからである。
審判は特殊のボールをこれ見よがしに掲げて。
「これを見よ。この特殊のボールの持って、そして自在な操りを魅せる者こそ、盛者必衰の理をあらはす。もとい、あらはさない。この特殊のボールをトスする者こそか、このゲームを制する。
それでは只今より、ムチムチムーチーズvsムチムチムーチーズ、容赦無しの血煙り一本勝負の始まり始まり。Say yeah!」
誰一人としてレスポンスをすることのないまま、この無用の前科者の仕切りによってゲーム開始の笛は吹き鳴らされた。
茹だるような真夏の午後に、しかし全く気候に左右されない屋内のコートで。