
お前はお前として産まれてきたのだから誰に憚ることなくお前として生きていけばよい。
例えばお前が馬であるなら馬のままで生きていけばよいのだ。
そこを遠慮してしまっては一つの命としてのお前は没落貴族のダイダラボッチと成り果て、業の海を漕ぎ出す一艘のカヌーに過ぎぬに。ヨットに過ぎぬに。(どっち?)
最後、多少どっち?と思ってしまったものの、さすがに私が最も尊敬せしグルの言うことだけあって緊張感が違うし、また、ドキドキ感もひとしおであった。
上記の教えを説かれる前、グルが「みんなで集まれー。」と言うのでみんなでグルの下へ集まったところグルが、さてさて、とか言って落語で言う枕にあたる部分をまずは話し始めた。
「ワシの後輩で五助って者がおるのだけれども、普通は五助なんていう名を付けられたことには上の兄弟に一から四がいると考えるワシであるが、これが五助の場合に五男坊なのかと言われれば全然そんなことは無くて、五助は上の兄弟には姉が一人いる、謂わゆる一姫二太郎の家族計画の下に産まれており、五人目の子でもなんでもないのであるが、では何故だか五助などという名を命名されたのかと今にも泣き出しそうな五助を問い詰めたところ五助は、五月産まれに産まれたから、だから五助なのだから、と頰に一筋の涙を流しながら答えたということだな。
ワシは思ったよ。おい、このままやったらワシが五助を虐めてるみたいになっている。グルであるワシが五助みたいなバリバリの後輩を虐めてるとみんなが思うわ。
そう思ったワシは、まるでグルであるワシの説法に感動して、ガッツもらっての故の涙、みたいな雰囲気に持っていく為に急遽優しげな、それこそ菩薩のような笑顔をたたえつ五助の頭をナデナデして急場を凌いだ、なんてこともあったな。あったあった。」
グルは稀にみんなを集めてはこういった愚にもつかない話をしてくれた。特にみんなを笑わせよう、とか、感動させよう、とかはグルは考えておられないと思うし、ましてや自分の話を聞いて我々のような迷える衆生を導いてやろうなんていう気概も感じられない。毎回スベっている。
ならば何故グルは、わざわざみんなを集めてスベるのであろうか。話すのであろうか。
「まあだからたとえ少し自分が不利っぽい感じになろうと、咄嗟の判断力と凄まじい推察力、脱兎の如き軽やかささえあれば大抵のトラブルは何とかなるということが言いたいんだな。もちろんアレよ、水道のトラブルとかは専門の業者に任せた方がいいよ。だってそれはスペースジャウ(グルが迷える衆生を導く為の力の総称)で何とかなる話ではないからね。専門的な知識の要るアレやから。
ワシが言いたいのはそれだけ。それだけなんや。」
何故グルがわざわざみんなを集めてこんなどうしようもない話をするのかというと、それは弟子である我ら迷える衆生に対し「みんなで集まれー。」の一言さえかければマジで集まってくることのパワーへの陶酔、自分への忠誠心の確認のためである。
そんなグルのどこをどう尊敬している私なのかというと、グルは稀に暮れなずむ空を見上げ何気ない一言を呟くことがあり、その一言には何かスペースジャウ、もしくはリバースウルフ、クマルの掟へのヒント、トーチンギの内包量、みよしの自己分配、その他諸々の人類が解き明かすべき謎への手がかりが隠されているような気がして、それでグルのそばを離れられずにいるんだな。
ほら、グルがまた西の空を見上げて。
「空に芥、絹にボケ。」