件の件

 

湿った感じのしない爽やかな風よ吹き抜けてそう、ここは豆野原。豊か豊かな豆野原。

そこに立ちたる(「件」と書かれた専用のお立ち台に乗って)あの生き物こそそう、件、くだん、である。

 

件とは人の顔をに牛の身体をもった人面牛、半人半牛のなんだかお得なニクいヤツなのであるが、なにしろルックスのキモさから、顔もオッサンみたいな顔ですから人魚のような人気はこれまでも、そしてこれからも出ないであろうと言われている哀しきモンスターなのであります。

しかしこの件、予知能力にことの外長けており産まれてすぐにヒトの言葉を話し凶事の予言をするというから驚きである。

「お主は明日より、アナルにイボが出来る謂わゆるイボ痔になるのであろう。ワロタ。」

とかを悠々と告げるのだというし、しかもその予言の的中率は100パーセンテージであり、予言が外れたことがないから「嗚呼、予言が外れて恥ずかしいなぁ。」みたいなことになった事がないらしく、それ故に予言はもちろんスポーツや芸術の分野に関しても凄い自信を持っているそうであるがそれはどうでもいいので誰も聞いていないのであるが、そんな件が立ちているよこの豆野原。

 

もっとビックリするかと思った。人面牛だぜ?喋るんだぜ?そりゃあもっとビックリするかと思うであろう。しかし私はびくりともせず、

「あ、件だ。」

と昨日も会った人にまた会ったかのような、自然な、まるで幾度となくこうして邂逅しているかのようなナチュラルな態度ですぐに件の存在を受け入れ、そして認め、そしてこれから何か言おうとしている件の言葉に耳を傾けて。

件はそのオッサンのような顔面には少しく似つかわしくない割と高めの声、つーか完全に少年そのものの声で話した。

 

「踊りの基本は盆踊り。知れば命の泉湧く。ごっつい湧いてくる。またDVDを返し忘れてどうも、私が件です。親しげにくぅちゃんって呼んでくださいね。呼んだら殺す。あ、自分予言イイすか?件て予言するのや。主に凶事やけどね。凶事をあらかじめ人間達に知らせて、してそれを未然に防ぐ為に人間が何かしらの対策をとってくれれば、いいかな、とか思ってこのように予言しているワケなんだけれども、ただ、この予言にはひとつ問題があって、ビックリせんといてな。あのな、予言したらな、件な、くぅちゃんな、死んでまうねん。いや、そんな予言しました、ハイ死ぬ、みたいな漫画みたいな感じでは無いよ?さすがに各種質問に答える程度の余命はあるんだけども、基本的にはそうやね、もって三時間?予言し終わって大体三時間くらいで死ぬよね。それってめっちゃ儚いと思うねん。せっかくこの世に生を受けて死ぬのかねと。でもな、件の本能でな、人間に遭遇したらどうしても予言出してしまうのよ。これも悲しい本能やでしかし。え?今誰かくぅちゃんって呼んだ?呼んでない?全然いいのよ親しげに親しみを込めてくぅちゃんって呼んでもらっても。呼んだら殺すけど。そんなこんなで予言出しちゃってイイッすか?」

 

私はこのように親しげに、何年も前から友達であるかのように話しかけてくれるこの件に情が湧いて、なんか予言出して死んでしまうのが悲しくなってきた。まだ件に死んでほしくない。

私は一計を案じて。

 

「件さん、ちょっといいですか?件さんのことを親しげに親しみを込めて呼ぶとその、殺されるんですよね僕。それって僕を殺した後は件さんはどうなる感じなんですか?次の人間に発見されるまでまたそうしてその専用っぽい台の上で待ちぼうけているのみなんですか?」

 

件は「そんな質問をされるのは初めてだ!」という顔をし、「そんな質問をされるのは初めて」という内容のLINEを後で送らせて欲しい、みたいなことを言ってきた。

こんな不気味な奴にLINEを送って来られるのは(しかもどんな内容を送ってくるか知っているため、何のサプライズにもならない。そもそもサプライズにしようとしていない。)ウイルスとかに感染しそうで恐ろしさがあるので私は、実はスマホーを落としてしまい探し回っていたら辿り着いたがこの豆野原。LINEをして欲しい気持ちの気持ちはあるが、今はスマホー探しに集中したい。一人の時間が欲しい。といった旨の嘘のことを件に伝えた。

 

件、少し悲しそうな顔をして、

「お主はこの豆野原にて、スマホーを見事に見つけ出すことであろう。そう、見つけ出すであろう。」

予言をした。件が予言をした。予言をしたからには件は死ぬ。もって三時間と自分で言っていた。

私の小さな嘘のせいで件があと三時間で死んでしまう。せっかく友達になれそうだった件が俺のせいで…。

 

まあそれは置いといて、こうしてまた今日もこの世からひとつ、命の火が消えるということである。