
大蛇の魔力、それは人の夢。
大蛇の魔力、それは果てない叡智。
大蛇の魔力、それはポカリスエットみたいなもの。
そんな素晴らしい大蛇の魔力を何者かが無効化するという噂が巷でにわかにシャンシャンし始め、ウエストゲートパークには動乱を予見した有識者たちのティーパーティーが当たり前のやうに開かれているそうで、
「おい、レム睡眠とノンレム睡眠。どっちが好き?」
みたいな、今それどうしても話さないといけないこと?みたいな会話が日夜繰り広げられ、ええ加減もうこんな無駄なことやめよう、もっと世のため人のためになるような誰かから感謝される感じのことをしていこう。そういう雰囲気出していこう。
ということで来たる大蛇の魔力を無効化する日のエッキスデーに向けて真剣にやっていく、ド真剣を掲げていくような気持ちになってみたということです。
しかし大蛇の魔力を無効化するなんて現世の人間風情に果たしてなし得る所業であろうか。そんなことないと思うんだよね。無理だと思うんだよね。
ただそこで必要となってくるのが「俺はやるんだ。やれんねん。やったるで。」という過剰な自信で、それにより事なきを得たよ、みたいなことも人類史には数多あるのであり、だったら自信を持ってやってみる、トライしてみることの大切さを今一度私は感じていて、これがこの夏イチの攻めた思い出になればいいなーって心の心から思ってるで。
ただ、だからといって、私にこの夏イチの攻めた思い出をくれるからといって、その大蛇の魔力を無効化するというのを果たしてやっちまって良いことなのか、というとこれはまた話が違ってくる。
「我が名は華厳。大蛇の魔力を無効化する者也。」
例えばこんな者が目の前に現れたとして、まあ大抵の場合こういった奴輩は夏の暑さでアダマが茹だってしまって大蛇に対してそんなハイソな決意を述べたり、素麺のおつゆを買いに行ったまま帰ってこなかったりと周りを巻き込んでの大騒ぎをひとしきりした後、夏の終わりには人としてすっかり放送OKなラインに戻って来るのであり、そうなればもう無闇に無闇な場所でオシッコをしたり水たまりに捨ててあるコロコロコミックを拾ってきたりすることも無くなるので家族の者も安心なのであるが、これがもしそういった暑さのせいで、もしくはかねてより猫屋敷に住んでるみたいな、スパークな者では無く、ガチのマジのペチカのポロロッカのズベ、ズベズベ、神の河抱えてジョイポリス、花火が混ざれば明日の朝には新大久保で爆砕しますので、おい、人って悲しいよな、よろしくお願いします。ってな感じのモノホンの者で、今回この大蛇の魔力を無効化するという行為、これ自分マジでイケると思ってんすよ。今回かなり自分でも自信があるっていうか、自信しかないっていうか、なんかあるじゃないすか、例えば友達とお茶してて余ったドーナッツをどっちが食べるかジャンケンで決めよう!ってなったときに「あ、このジャンケンは勝てるやつや。」って何故かすごく冷静に勝ちを予見出来、して見事にジャンケンに勝ってドーナッツが食べられて、甘くて、幸せで、みたいな、根拠は無いけど確実に手に取るように、イケる、って理解出来る時ってありますのね。それが今回出てきてるっていうか、「あ、俺今回の大蛇、イケるわ。」っていう確信めいたアレがあって、そんで今回この大蛇の魔力を無効化するベク我が名は華厳、大蛇の魔力を無効化する者也。ってことでそんな本気のモノホンっぽい、無効化出来るっぽい者が突如として現れて、それはもうTOSHIのような、なんかやってくれそうな気配もそぞろに醸していてくれて、逆に事の推移、行く末を見守っていたいとすら思えるような者が突如として現れて、なんやかんやで変な儀式みたいなことも成功させて、「ほなあと30分~1時間くらい放置しておいてもらって、その後大量の水で一気に流せば大丈夫なんで。無効化に成功出来てるんで。」と事後処理についても丁寧に教えてくれて、そのとおりにやってみたら本当に大蛇の魔力を無効化出来て、
「あの、すいません。大蛇の魔力を無効化したら一体何がどうなる感じなんですか?」
「あ、それ良い質問ですね。良い質問ってゆうか、そもそも最初から気になってる感じでしたよね。いやコッチもいつ訊いてくるかなーって、もう作業終わっちゃうのになーって手ぐすね引いて待ってたんですけどね。平和ボケというか、まあそれはええか。
大蛇の魔力を無効化したら一体何がどうなるか、ですよね。それはね、"ハブ酒からハブを引き抜いた状態"ってな感じになりますけど、それってそんなに重要な問題ですか?」
ハブ酒からハブを引き抜いた状態。そんなこといきなり言われても我々素人には何が何なのかわからない、というのが正直なところですが、大蛇の魔力を無効化してもらってから何だか昔の友達とサシ飲みがしたいような気分になるのはなに?