
この世には様々な多様な特技を持つ者が八百万とおり、そのほとんどがその特技を大して自慢するでもなく「俺は俺としてこの立派な特技を持っているが、それを殊更誰かに自慢するということはない。何故ならそれはダサいから。」と努めてクールにその鷹の爪を隠し持ち、しかしいざという刻のために日々その特技の更なる研鑽をこれは怠ることはないというストイシズムに溢れた見上げた者が多いというのはまことに頼り甲斐のあることだよなぁ、と私は心の底から思うが、中には「それ自慢とかどうとかよりも普通に世の為になる特技だからどんどん自慢していった方がいいよ!」という仰天の特技の持ち主がおり、それはたとえば"4tを持ち上げる"という4t持ち上げ男がそうである。
現在、デッドリフトの世界記録はめちゃくちゃに筋肉ムキムキのオッサンが叩き出した記録500kgであるが、4t持ち上げ男が4tを持ち上げるということはその8倍、500kgのダンベルとそれを持ち上げているオッサンを一緒に持ち上げたとしてもお釣りがくるほどの大怪力者であり、そんだけの大怪力ならよ、天も動かせるのだろうな、なんて仲間と語り合ったそんな何気ない日々が今となっては宝石のように光り輝く日々であったし、それは私の青春そのものであった。
我々常人にとって4tを持ち上げるという感覚を想像することは「無理です。」という他ない。それは何故なら我々が日常生活で持ち上げるけっこうな重さの物と言えば、20kgのお米とか、20kgの子供とか、20kgの棒とか、つまり持ち上げたとしてせいぜい20kgであり、4tといえばその200倍、20kgのお米200袋をいちどきに持ち上げるということで、それはもうシンプルに持ち方が分からないということで「無理です。」と諸手を挙げて降参する他ないという理由が分かっていただけたかと思う。
逆に(なにが?)4t持ち上げ男は片手なら1.8tまでしか持ち上げられないのが、両手だと4tを持ち上げるということで、「いや、4t持ち上げ男からすれば両手だと400kgくらいパワーが増量することくらい誤差やん。そんな誤差をいちいち取り上げてシャンシャン言うのはブルシットなのでないかな。俺はそう思うけど。」と仰る御仁も御座るであろうが、考えてみてほしい。考えろ。
デッドリフトの世界記録が500kg、4t持ち上げ男が両手を使った時のパワーの増量が400kg。その差僅か100kg。この世界記録に迫ろうかというパワーの増量をただの誤差として看過して良いものなのであろうか。
おそらく4t持ち上げ男は大怪力者特有のタフな笑みを顔中に湛えながらこう語るだろう。
「え?なんで両手だと4tを持ち上げることができるのかって?やっぱそれは、両手の方がバランス感覚がアレだし、グッと掴んだ時のアレが全然違うし、なんだらな。ディッと来る感じが違うというか、ダァと来る感じが違うというか。とりあえずそんな感じで。違う感じなのよ。」
そもそも、4t持ち上げ男なんて、存在しないのだから…。