
気の毒であった。
果たしたい目的、見果てぬ夢があるとはいえ、完全に泣きが入っているヤツを無視してこんな処へと辿り着いたのである。しかし、その道中には完全に泣きが入っているヤツの存在も少なくなかった。
ヤツらはおそらく普段は気のいいヤツらなのだろう。気のいいヤツらの気のいい一言によって我々は日常生活に丁度いいサイズの笑いであったり楽しみであったりを享受し、これをシェアすることによって更に気のいいを染み渡らせて行く、行ってる、というのに、いざそんなヤツらが完全に泣きが入っている段になると、
「ちょいとらカタコンベ、地獄の馬、ちょいとら急がんければならなくて、もう此処にこれ以上ステイするってのは考えられなくて、もちろんケアしたい気持ちもあるけど時間的に難しくて。でもアレよ、長い人生、たまには辛いこともあるですよってに。アナルですよってに。今はちょいとら辛度いかもわからんけど、いつか完全に泣きが入っていない、普段の気のいいヤツに戻れる故、今は我慢しときよし。」
だの何だの御託を並べて、ケアするのが面倒であることを、急いでるから、人生そんなもんやから、なんて適当を吐かして自分自身のこの後ろめたい気持ちを誤魔化し完全に泣きが入っているヤツを放置して自分の目的を優先させるなんて、俺はいつからそんな賢い人間に成り下がってしまったのや。
昔憧れたテレビのヒーローならこんな時どうしていた?怪人なり怪獣なりテニサーなりに街をめちゃくちゃにされ、挙げ句の果てに完全に泣きが入ってる弱気な人々を、
「俺はヒーローだけど、今日はちょいとら用事があるから。ヒーローにもプライベートぐらいあるから。長い人生ならこんなこともあるから。ほなちょっとそろそろ行くわ。次は助けるから。」
とかごちゃごちゃ言うて見捨てたりしたであろうか。
否、断じて否である。いなみである。
本物のヒーローであれば、俺がやらねば誰がやる、と気合い一発、怪人怪獣イベサーをけちょんけちょんに蹴散らして粉微塵にし、ブルー入ってる完全に泣きが入ってる弱気な人々を見事救い、「名も名乗らずに立ち去ります。スカイレンジャー!」とか言うて颯爽と立ち去って行くのではないか。そういう大人になりたかったのではないか。
「どったぁー?さっきから見てると完全に泣きが入ってて、めちゃくちゃ泣きが入ってる雰囲気やけど大事無いか?お金とかは無理だけど協力できることがあれば、泣きが入らないように私に出来ることがあれば言ってくれ。」
あの時あの瞬間、上記のような一言をかけることによって誰かを救うことが出来たのではないか。完全に泣きが入ってる西村を救うことが出来たのではないか。人とは悲しいな。