
この科学が発達してガンガンいってて、凄くて、とてもハッキリなとしていて、そうなると当然宇宙人間の存在も気になりてカプセル宇宙船を空へと舞い上がらせてみたり、アホが野原に集まって気持ちをひとつにして「アーユルヴェーダのキム・ゴードン。マキナマキナ。マックス。マックスのNANA。そして高度な文明を持った宇宙人間の方々、我々、高満足度人間ズこと宇宙人間に発見されサークルは貴方様たちに地球の外へと連れて行ってもらいたく発します。テレパシーです。マジで言うてます。この地球は我々高満足度人間にとっては現世地獄そのものであり、ビーアンビシャスもままならぬ修羅の巷でありますから、ラララ、宇宙人間よ、こうしてなるべく高い所に集まった我々を誘拐してたもれ。」と宇宙人間にテレパシーを送ってみてもなかなか返事は返って来なくて。たまに「照れるから堪忍して。」といったメッセージが夜空にホログラムティックに浮かぶことはあれど、その姿をなかなか見せてくれるものではないではありませんか。
それに対しておじさんはどうでしょう。
おじさんは実在してるではありませんか。
貴方のその目に、その耳に、はっきりとおじさんを感じることが出来るでしょう。それはなんと手軽のことでしょう。宇宙人間も宇宙人間乗り物ことUFOも見たことのない私たちだけど、おじさんは幾度となく見たことがある。どこにでもいる。宇宙人間の姿は想像もつかないけれど、おじさんの姿は想像がつく。何故ならとても身近な存在だから。でも、だからどうしたというのでしょう。
宇宙人間とは違い、おじさんは実在するから、それがどうしたのでしょう。
たとえばおじさんには直に話しかけることも出来ます。どんなおじさんでもかまいません。見つけ次第、手当たり次第に話しかけても良いのです。
「おい、おじさん。調子乗んなよコラ。」
おじさんは潤みた瞳で、やや首を傾げて。
「ふゆ?」
と応えます。「ほよよ?」の日もあるでしょう。「うんきゅ?」の日もあるでしょう。いずれにせよ腹立つことには変わりありませんから、言うんです。
「いやだから、調子乗んなよて言うてんねんボケ。一回で聞けやこのど根性カエルが。」
おじさんはデリカシーに関しては全くありませんが、こと自分が危険、自分がイケてないとなると途端にワナワナし始めるナイーヴな心の持ち主でおますので、この期に及んでようやく自分が置かれた状況に気づき、そしてハタとして自分が置かれた状況に気づき、最後にハッとして自分が置かれた状況に気づきます。そして何かを諦めたかのように言うのです。それは頰を赤らめながら。少女の美徳をたたえて。
「おじさんはね、今日のような夏の日には、このように少女の面影を出していくことにしているんだ。それは遠い日の憧れかも知れないし、去りし日のメモリーなのかも知れない。それがおじさんにとってはある種のジャスティスであるし、しわがれた身体へ愛という名の水を注ぐ行為なのかもしれない。TSUTAYAで借りたビデオを返しに行く。そんな些細な時間だけでも、頼む、少女でいさせてくれないか。」
なんか実在のおじさんにも色々と暮らしの中でキッツイこととか、どうにもならないことなどがあって、ありまして、しかしそれがおじさんが実在する何よりの証拠で、だからそれが切なくて、こうしてこんな積乱雲高らかな夏の日には少女の面影で攻めて行っているんだ。そんな実在のおじさんの実在し辛い気持ちを垣間見た気がして、今夜は郷里の父親のことを想ったりもして。