窓から風をば感じてる

 

「外がえらいことになっとる。横殴りの雨と吹き荒ぶ風。人は濡れ、傘はひっくり返り、テンションが高いのは犬だけで、そして雨、勢いを増して、そして吹き荒ぶ………風…!」

久々の闖入者に私のヴォルテージは全く上昇の兆しを見せなかったと言えば嘘になる。にわかに体温が上がるのを感じながら私は、この見るからに好青年な、人の幸せを喜び、人の痛みを分かち合い、人のために涙を流し、そして人が再び笑えるように段取りをするような感じがビシビシ伝わってくるこの彼に確かなシンパシーを感じ、お茶の一杯でも提供してさらしたろかと思ったけど生憎現在我が家には茶葉がナッシングであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

かからなかったのでほなちょっと茶葉を買いに行かなきゃ!茶葉を買ってきてこの彼にお茶の一杯でも提供せなければ私は人間としてヤバい。終わることになる。と思いました。なぜなら善人の善行に対して何のアレも無くまるで「俺は俺なのだから他人の善意はこれを享受して当然であるし、当然であるならわざわざその善意に対して恩義を感じてお茶の一杯でも提供する義理も務めもないってゆーか俺に対して勝手に善行を働くとはどういうことやねん。よって死ね。」といった態度をとるようではヤバいし終わることになるからである。とまあそんなことをイキナリわめき散らしていても仕方ないし、茶葉が手に入るワケでもないので早速躍り出るやうに玄関から広い世界へ飛び出していってやろうと思い勢い勇んで立ち上がるとこの闖入者の彼に引き止められた。

「いやだから!外がえらいことになっとる。横殴りの雨と吹き荒ぶ風。人は濡れ、傘はひっくり返り、テンションが高いのは犬だけで、そして雨、更に勢いを増して。そして吹き荒ぶ………風…!」

そうであった。すっかり忘れていたけど外がえらいことになっているのであった。それを伝えにこの善意の闖入者の彼はこの危険極まりない暴風雨の中わざわざ見ず知らずの私の処まで来てくれたというのに、危うく彼の勇気をガン無視して茶葉を買いに走り出してしまうところであった。

 

もっとも、私は今日は一日中家でゴロゴロするつもりだったのでわざわざ外の様子を伝えてくれなくても大丈夫といえば大丈夫だったのであるが、そんなもんは外に居た善意の彼からすれば知る由もないことなので、たとえばもし私がルンルン気分でバケット?を買いに行く際に外が大荒れとあれば折角買いたバケット?が雨を吸うてグズズズと成り果て、そして重たくなるし食われへんしで良い事がひとつも無い休日になってしまうとナーバス、私が、ということでこの大荒れを私に伝えてくれたので外に出るつもりが無かった私であっても彼への感謝の気持ちは変わらぬ。

 

そしてもう一つ気づいたことには、善意の闖入者は、「そして吹き荒ぶ………風…!」の「そして吹き荒ぶ………」の時に一度窓から外を見、「風…!」のところで渋く作った表情と共に勢いよく此方を振り向いくという演出めいたことをしているということで、これにはさすがの私、歴戦の勇者である私も緊迫感を禁じ得ないほどに緊迫感を醸し出しており、思わず「緊迫。」と声に出してしまいそうになったものである。

 

 

して茶葉を買いに行くことを諦め、故にこの善意の闖入者の彼にお茶の一杯すら提供出来ずに私は結局一日中家の中で尻を掻いたり鏡を見て渋い表情を作る練習をしたりして思う様この青春の日を謳歌したわけでありまして、明日からまた地獄のような日々が始まり出すわけでして、したがってそろそろ寝ようかというこの時間にあって善意の闖入者は未だ我が狭き部屋に滞在しもう風もおさまったであろう窓の外を眺め続けておられるのであるが、そのことに悪気は無いにしても、いやむしろ善意しかないにしても、ちょっとそろそろ帰って欲しいかなって思ってるよ。私は。