決して落ち込まずにさ

 

初夏の訪れを告げる剣道部の部室のような香りが街全体を覆い尽くすこの最悪な季節の変わり目に、あなたは何をそう落ち込んでいるのか僕にはさっぱりわからないよ。だって聞いても言わないから。

だけれども考えてもみてほしい。僕はこうしてあなたを心配して溜まりに溜まった仕事をほっぽらかして、特急サンダーバードをぶっ飛ばしてこんな僻地までやって来たというのに、そんな僕に対してあなたは「ノォウ…、ノォウ…。」と時折つぶやくのみで、こんなことならもう家でヨガでもやっていた方がまだマシだったかもしれないな、なんて考えてたけど、ご存知のとおり僕にはヨガの経験なんて無いではありませんか。

じゃあ代わりになにかい?ピラティスでもやっとけってか?ヨガの経験も無い奴にピラティスの経験などあるわけがないだろう。ヨガの経験も無いくせにピラティスを始めるなんていうのは言うなればピクニックの経験も無いのにハイキングに出かけるようなもので、つまり段階を踏んでいないということが言いたいのだけれども、階段の一段目に登らずに二段目に登れますか、ということなのです。

 

階段の一段目に登らずに二段目に登れますか?答えはイエスです。登山道とかのあのアホみたいに一段の高さ幅、奥行きがあるような階段ならまだしも、町のしょっとしたコミュニケーションスペース施設なんかに設置されているようないわば尋常の階段であれば一段目に足をかけずとも二段目に登れることは明らかでしょうに。

しかし、一段目に登らずにいきなり二段目に登ろうとする行為。これは果たして安全なことなのでしょうか。僕にはそうは思えません。だって、だってだって、危ないではないですか。嫌でしょう、危ないことは。嫌でしょう、骨が折れたら。

僕が言いたいのはそういうことなんです。もちろんホットヨガもいけません。ただでさえ素人にはハードなこのヨガという体操を、めっさ暑く熱された部屋の中で裸に短パン一丁の毛むくじゃらの男たちとともにやるわけですから、それは身体的にも精神的にもだいぶとギリギリのところを攻めているというか、それこそ階段の三段目くらいにいきなり登ろうとしているようなもので、危険度的にはピラティスとそう大差無いということで、もしヨガの経験も無くピラティスやホットヨガに行ってしまい、もしものことがあればそれはもうあなた自身の失敗であり、ピラティスでの失敗、ミス、さしずめ”ティラミス”というほかないのではないでしょうか。

 

もしやあなたは、今この”ティラミス”という言葉を聞いて「うわっ!おもんなっ!」と思ったのではないでしょうか。こげな面白くないことをよくもまあ真顔で言えるよなあ。言えるだよなあ。と思ったのではないでしょうか。

しかしそれは僕ではなくあなた自身に問題があり、というのも物事を面白いと感じるために何より必要であるのは面白いものを面白いと感じようとする心構えであり、それが出来ていないとたとえば世紀の大コメディアンが目の前で面白ダンスを踊りまくっていたとしても決して笑うことなく平然と、いやむしろ嫌悪と侮蔑の入り混じったようなような複雑な瞳でシワシワと大コメディアンを睥睨するのみとなり果てるでしょう。

なのであなたは物事を面白く感じようという心を拵えてみることはどうでしょう。それによってほら、今あなたが「ノォウ…、ノォウ…。」と落ち込んでいる何かしらについても解決策が見つかるかもしれません。

 

ちょっともう、帰っていいですか。