
嘆き苦しみ悶え泣き、あるいはハワイでわめき散らすくらいなら、いっそのこと此処をひとつのターニングポイントとして無理せずに退却するという考えも無いワケではないではないか。
仲間を想う君だからこそそうやって艱難辛苦を一手に引き受けてどんどんやつれていっているのだろう。もう大丈夫、無理しなくても良い。
僕らは僕らでがんばってみようと思うし、そもそもそんな君の姿をこれ以上見ていられないのだ。今まで君に頼りすぎていたというか、君が頼られ好きの世話焼きババアだから僕らもそれをいいことに少々スパークし過ぎた部分は否めない。そして今君はアホみたいに搾り取られている。もう、痩せてきている。
こんなことを言うと、もしかしたら君は少しく哀しむかもしれないけれど、君のことを想えばこそ言おう。
これからはそれぞれのstoryを描いていこう。
僕らの今までの満ち足りたstory。感謝の絆を繋いできたstory。非常に褒められたものであると信じている。たしかに、自画自賛と言われればそれまでなのかもしれない。でも、僕らの辿ってきた足跡、積み重ねた経験、そしてふとした瞬間に感じた奇跡の運命。それらに嘘は無かったのではないか。だとしたら僕らのstory、決して間違いではなかったと言い切ろう。
君はそんな僕らのstoryを、当事者でありながらひたすら支え続けてくれたんだ。献身的と言えばそれまでなのかもしれない。しかし君のそれはもうレベルが違っているというか、もはや挺身と言ってよく、思わず僕らは「ちょっとやりすぎちゃうかなぁ。」と苦言めいたことを口走りそうになったことすらあった。
あの、別に重いとかではないのだけれど、僕らのstoryを描く上で君の存在がどれほどインポータントだったかは言わずもがなではあるのだけれど、ちょっと出すぎた真似というか、なにもそこまで、みたいなことも少なからずあったというのは事実で、たとえば新たなstoryを描くためのミーティングの時とかに「午前2時からオーブンの前に張り付いてましたわ。」とか言うてカステラを焼いてきてくれるのはすごくありがたかったし、カステラ自体もすごく美味しかったしマジでそこは本当なのだけれど、正直毎回毎回カステラってのはどうなのかなと。
これはカステラ以外もなんか焼いてこいやという意味ではなくて、ミーティングの度に毎回毎回焼いてきてもらうのも悪いし、それにカステラだってタダで作れるワケではないから材料費とかで君に負担がかかってたらどうしよう、みたいな心配もあるし、たまには何か差し入れでも持って行こうかなって思ったときに君のカステラが頭に浮かんで、まあどうせまたカステラあるやろうしええか、となることもよくあったワケで、それにミーティング前にご飯を済ませてくることも多かったのでしかしカステラのためにお腹を少し空けておく必要があるし、正直回を追うごとにカステラを焼いてきてくれることに対する感謝も若干薄れてきたというか、悪い言い方をすると「あぁ、またカステラ食べなあかんのか。」とこう義務すら感じるようになっていたんだ。
あとあれ。そろそろ僕らも海外でstoryを描くこと、世界を遊び場にしようと考えだした頃のミーティングで毎度のごとくカステラを頬張りつつ話している時に突如として君は泣き出したよね。心配して声をかける僕らに君はこう言った。
「わたし、わたしパスポート持ってないゆえ、パスポート無きゆえ、海外で描くstoryに参加できないゆえ。ゆえーん。」
て。泣かれてもねえ。別に今日明日中に海外へ行くワケではないし、もちろん僕らのstoryに君は不可欠だから君がパスポートを取得するその日まで全然待つし、てゆーか僕らもあくまでこれからの展望のひとつとして海外でstoryを描くことを挙げてみただけで、すぐにそんな具体的な計画を詰めて飛び立とうなんて誰も思っていないワケで、言うなれば茶話のひとつとして戯れに海外、世界で遊ぼ、とか言うてみた、てゆーか言うてみたかっただけで、それを真に受けてしかもパスポートを持っていないなどという些事で泣き出されては困るというか、泣き止んだかと思ったら勢いよく立ち上がって真っ赤っかの目とズルズルの鼻声で
「わたし、わたし今からパスポートセンタでパスポート取ってきまず!なんとか掛け合ってなるべく早く取れるようにしてぼらうんでわたしも海外で描くstoryに参加ざぜでぐだざい!」
つってそのまま出て行こうとするから慌てて僕らで止めてさ。怖かったよちょっと。
何とか君を押しとどめてミーティングを継続したものの、あの日君はずっと俯いてすすり泣きながら「パァスポゥ、パァスポゥ。」と何故かネイティブみたいな言い方で繰り返し繰り返しパスポートと呟いていたね。
その次のミーティングで君は見事にパスポートをゲットしていた。聞くと君はあの日のミーティングが終わったその足でパスポートセンターへ赴き、もう受付時間が終わっているにも関わらず土下座してなんとか最初の手続きを済ませたという。そのガッツが僕らには少し過剰に思えたんだ。
そしてパスポートを取得した君はまるで水を得た魚のように「いつ、どこの国へ、何をして、どのようなstoryを描くか」という話ばかりをミーティングでするようになった。
さっきも言ったけど僕らはあくまで、いつか海外でstoryを描ければいいかな、程度にしか思っていないので、いきなりそんな具体的に話を詰めてきて、しかも「"地球の歩き方"を図書館で全部借りてきましたわ!」とか言うて君の図書館カードだけでは貸出制限いっぱいまで借りても足らんからわざわざお母様の図書館カードを借りてまで全部揃えてきてくれて、机の上はもう地球の歩き方とカステラのみで。
その熱心さたるや見習わなければいけないところも少なからずあるにしても、何しろ全てにおいて君は加熱し過ぎる傾向があるといいますか、猪突猛進といいますか、僕らの要望とあればお百度詣りも辞さない感じというか、もちろんそれはある場面においては非常に頼りになるやもしれぬが、ことチームワークという意味ではいささかなりふり構わな過ぎるというか、他を顧みなさすぎるというか、だってほら、僕らがまだ具体的に描く予定のない海外でのstoryのために君が図書館にある"地球の歩き方"を全て借りたということは、他に"地球の歩き方"を借りたい人が借りられないということになるよね。そういうところにもう少し気を回して欲しかったというかね。
勘違いしないで欲しいのは、何も僕らは君のやり方が間違いだらけだと言いたいワケではないこと。
ただ、もう少し他人つまり僕らに委ねてみてもいいのかなとは思っているよ。
まあ今回僕らはそれぞれのstoryを描くべく一旦バラバラになってみるワケだけど、何もこれが僕らの終わりではないし、何よりほら、僕らのカバンには君がハワイ記念に作って来てくれたそれぞれの名前が刺繍されたパイナップル型の布バッジも付いてるワケだし、あと君が作ってきてくれたそれぞれの名前が刺繍されたミニトートバッグも持っていることだし、僕らはまた同じstoryを描く日がきっと来るよ。
だからハワイから帰ったら一旦僕らはバラバラになってみよう、みたいな話を君がわめき散らし疲れて寝ている時にしてたんだ。