
クサイっ!草いきれが凄まじい季節へとなって参りました。あークサイ!
私のお皮膚は敏感でして、草をすり潰した汁に触れると赤くかぶれてとても痒くなり、しかも発熱して頭痛もして、もしも私が黒ギャルであれば、「ちょマジそっぺーしぇ。がりちって道んがチップ、ごるえて良くね?」などとラリってるかの如く叫び散らしてこの責め苦をなんとかかんとか乗り切れるので大丈夫なのですが、私ときたら黒ギャルどころかとんだ無頼漢というか淑女というか流鏑馬というか、そういった感情の発露はこれを抑えることを美徳とする、ごっつええとする方針の教育を教育ママから施されてきた故そうして叫び散らすわけにもいかぬので、毎日寝る前に「天にまします我らの大吟醸様、どうか明日も草をすり潰した汁がお皮膚に触れませんように私をお守りください。」とお願いする以外に自分を防衛する手段が無く、だのでこのような草いきれが凄まじい季節になってくるとテンションは下がるはマンションは買うはレクリエーションは滞るは河童は踊るわと精神面が大騒ぎになるのです。
草汁によってお皮膚がクライシスになることを知ったのはそう、まだ私が高等学校の生徒であった頃。
私の通っていたしょーもない高等学校では、生徒は部活動に参加することが必須とされており、健全な精神は健全な肉体に宿ると信じている教師たちは揃って運動部に入部することを特に推奨しており、私も御多分に洩れず教師たちの圧力に屈して大して入りたくもない運動部に入部せられてしまった。
運動もいざやってみると案外ジョイナスなもので、入部して半年も経つとだんだんと腕前も上がってきて運動をすることが楽しくなってジョイナスしてきた。
「嗚呼、入部する前には想像も出来なかったことであるが、運動も悪くないな。これで健全な精神の宿る健全な肉体を持つ健全な人間にやっと成り上がれるよ。教師どもも学生時代は運動に打ち込んでいたそうだし、一生懸命に運動をすると健全な人間となりああいう大人に成り果てることが出来るようなので、その時にはまぁ自殺するとして、今はただ、運動の楽しみを楽しもう。」
と思えるようになってきたある夏の日、私たちの運動部は対外試合の為に郊外を流れる大きな川の河川敷にあるグラウンドへと出向いたのである。
運動の試合の前、グラウンドの横に広がる原っぱで私たちの運動部は準備運動をさっしゃり始めたのであるが、その準備運動のメニューのひとつ、顧問の言い出した「せっかく原っぱで準備運動をさっしゃれることであるし、土のグラウンドでは出来れないやつである"身体を地面に擦り付ける準備運動"をやろうよ。」という一言によって私の地獄の幕が上がったのである。
この準備運動には何の意味があるんだろう、と思いつつ、これも良い運動をするためだと身体を地面に擦り付けながら隣にいる部活メイトと「運動中に差し込みに襲われた際の冷静な対処方法の無さ」という話題で盛り上がっていた時に私は、何か熱の膜のようなものが全身を覆うのを薄っすらと薄ら感じ始めていた。
続いて追加されたメニュー、"とにかくがむしゃらに地面に転がる準備運動"を行なっていた時に、全身を覆う熱の膜はいよいよ異常を感じざるを得ない熱さとなり、加えて頭痛と猛烈な倦怠感と痒みが私を襲ってきた。
準備運動のメニューが全て終わった後もその症状はいやまして酷くなる一方で、もはや立っていることすら困難に成り果て、この期に及んでようやく私は顧問に身体の不調を訴えた。
顧問は運動ユニホームを脱ぐよう私に言い、そうするとどうでしょう。
私の身体全体を赤い斑点が覆い尽くし、まるで赤チーター(もちろんもっと良い例えも思いついています)の如きになっているではありませんか。
顧問は言いました。
「どーも、私が顧問です。これはあれですよ。草の汁によるかぶれと、あの日の僕の勇気の無さが生んだ雪辱の斑点です。水をかけましょう。水で草の汁を洗い流して、暖かい大地へ還りましょう。」
かくして私は、部活メイトはもちろん、他校の生徒も見物しに来る中、褌一丁に成り果て、四つん這いの体勢でホースから全身に水をぶっかけられたのであります、あります、あります…。(delay)
あの日から私は、草いきれを感じると全身を赤い斑点に覆われ、頭痛と発熱がするようなフラッシュバックに襲われるようになりました。
部活メイトの話によると、もしかしたら草の汁ではなくして、原っぱに散布された農薬的な液体がその直接的な原因ではないかという説も唱えられましたが、そんなことはどうでもよく、私の中で草いきれは、現世地獄の始まりとメモリーされてしまっておりますので、スーツの上着を払いワイシャツの上でネクタイが風に吹かれて踊るこの季節になると、私はなるべく植物に近寄らないように過ごすのです。