
人はみな、他人から自分のことをこう見られたい、という願望を多かれ少なかれ持っている。
たとえば他人から、闇夜に浮かぶ漆黒の仇花みたいな奴、と思われたければ、全身真っ黒な服を着てチェーンとかも着けて眼帯してちょっとリストカットも嗜んでボソボソ喋っておけば万事OKであるし、他人から、不思議系キャンディアイドルみたいな奴、と思われたければ、フリフリのたくさん付いた服を着て事あるごとに「部屋で小さいオジサンを見たことがあるの。イチゴのクッションの上で跳ねてたの。それも5人。合宿でもしているのかにゃ?」と言っておけば万事OKであるし、他人から、家が無さそうな奴、と思われたければ、煮しめたような色のボロボロの服を着て風呂に入らずカップ酒片手に「ああえ!これぇ!戦闘員がおるど!政治家!聞いてるか!戦闘員に捕まえられてる、俺は。今でこそ捕まってないけど監視はされてるど!戻って来る前にじょこさい(?)をせなあかん。」などと叫んでおけば万事OKである。
ただ中には、あれ、此奴もしかして他人から自分のことを、酒を飲みすぎて千鳥足で歩っているある冬の日の夜にヤンキーグループの一人に肩をぶつけてしまいトラブルとなってボコボコにされた挙句「お前のようなゴミクズみたいなオッサンは然るべき所に捨てなければな。」とか言われてゴミ置場に放置された後に凍死でもしてほしい奴、とでも思われたいのかな?どうなのかな?そうかな?というような稀有な人もいて、私は特に優しいのでそういった人間と関わり合いになるたびに「どうかあのクズが、あ、クズって言うてしまったが、彼奴が他人からいくら悲劇的な最期を期待されようとも、それが現実のものとなりませんように。平穏無事な最期を迎えられますように。このままいくと地獄に落ちるのはまあ確定しているとは思いますが、なんかどっかのタイミングで今生で犯した罪が全て赦されるほどの超絶的善行をはたらき、どうか私と同じ涅槃へ辿り着くことのでけますやうに。あと、かつて私をたばかり、外道へ懐柔せしめんとしたあの河童の女も、このままでは地獄行きが確定していますが、なんとか軽めの、ライトめの地獄で収まるように調整されますように。」と天の神様仏様にお願いしておいて差し上げることにしているのであるが、つい先日関わり合いになってしまったウノ・ジョージ(仮名 クソ野郎)なる人物もまた、そうして私が神仏のお力をお借りしてまで、安寧無事に過ごせよこのボケと思わずには居られないたいした面の皮の人物であった。
ウノ・ジョージとは最高国家機密に関する打ち合わせの席で出会ったがために、その詳細をここへ記すことは残念ながら出来ないのであるが、ウノはその打ち合わせの最高責任者であり最低の人間であり、立場的にも年齢的にも私より随分と上であり、ウノが居ないと話にならないのであるが、ウノが入室してくるとそれまで比較的穏やかに名刺交換をしたり、名刺を持っていない私はその様子を微笑みをたたえつつ見学したり、マーカスが軽快な調子で話すジョークに愛想笑いをしたりしていた室の雰囲気が一変し、室の空気が淀むというか、なにかオリのようなものが浮遊している感じになるというか、頭の中で"八つ裂き"という文字が浮かんでは消えるというか、なにかこう、室内が絵も言われぬバッドフィーリングに包まれ、それはそれは帰りたい感じになり、マーカスがウノと名刺交換をした際に「ウノ・ジョージ?オノ・ヨーコと同じリズムだね。ラヴ&ピース。」と軽口をたたいたのだがそれに対しても、
「あえ?オノ?はぁはい。ね。」
と極めて薄い反応しか示さず、ウノが私に名刺を呉れた際に私が名刺を持っていないことを説明すると、
「だぇ?あぁん。はら。」
と若干ガンつけ気味な目線で、しかし無表情は崩さずに、一言で言えば思わずどつきたくなるような顔で意味不明な相槌を打つのみで、おそらくその場にいたほぼ全員が完全に「こんな奴が最高責任者をやるんか……。」となったのであるが、それに加えて先ほどウノが入室して来る前は打ち合わせの資料を配ったり出席者にお茶を出したりそれが終わると室の隅で腰を屈めてヘラヘラと揺曳していた小男がウノが入室してきた瞬間にキビキビし出し、我こそはウノ・ジョージが腹心なり、みたいな居丈高な態度へ変わり、狡猾さ、スネ夫感が丸出しとなった表情で我々出席者を睨め付けてくるのも相俟って室内は完全にウノとその腹心の小男vsその他の出席者のような構造となってしまったのである。
何故こんなウノ・ジョージのような者がかかる最高国家機密の打ち合わせの最高責任者なんかに任命されているかというと、ウノはハッキリ言ってアホであり無知であり、それであるが故に各セクションの者たちがこんなウノみたいな者にイニシアチブを発揮されてはたまらぬといつも以上に仕事をするため結果としてそれが良い方向に作用し、に対してウノはアホで無知なので「これとこれは相互作用させるの?」だの「AパターンよりBパターンの方がフレキシブルなんじゃない?」だの、そんなことお前に言われんでもわかっとるわボケ、といったことを各セクションに対して質問しているだけで、にも関わらず対外的に見ると「あのウノさんという方は方々に目を配って指示してて、すごいね。」となり、本当はウノのアホさ無知さによって生じているトラブルを各セクションが補完、先読みをして必要以上にがんばっているだけなのに、ウノの指揮系統が素晴らしくて現場がスムーズに回っていると勘違いし、ウノの評価ばかりがどんどん上がって行き、結果的にこんな最高国家機密の打ち合わせの最高責任者を務めるまでになってしまい、そしてそんなウノを見て腹心である小男は、此奴もアホで無知でテメエの脳みそで物を考えるということをしないがために「ウノさん、やっぱすげーっす!シブいっす!」となり、嘗てのウノがそうであったように、この小男もウノの猿真似で世を渡り、して第二第三のウノが産まれるのである。
というとどういうことだろう。
アホで無知な者の方が最終的に世に憚っていき、賢く知性のある者がその尻を拭くという現世地獄が形成されていく、てゆーかもう既にそんな世になっているのである。
え、マジすか。
私は打ち合わせの帰りに、他人から少しでもアホかつ無知に見られるように、ウノと同じ様なちょっと長めの七三分けに出来るように美容院にて髪を切り揃えてもらい、銀のテラテラしたスーツと銀縁眼鏡と先の尖った革靴を買い、無表情のまま「あだえ?さむかるえ?さたーえ。」とウノの様な意味不明な相槌を打つ稽古をしながら自宅へと戻った。