
「みんなにはちゃんと言ったことが無かったけど、やっぱり一回ちゃんと言っておいた方が良いかなて思って」
お得意の優しい口調、穏やかな口調で前置きをして、眠れる獅子はゆっくりと語り出した。
「あのさ、僕って割と優しき、穏やかな、健やかな、それでいて逞しき、てな青年と思われているでしょう。そして僕自身、そう思われても仕方ないような乙な振る舞いでこの腐った世の中を渡ってきたという自覚はあんのよ。」
悪い言葉を滅多に使わない眠れる獅子が「腐った世の中」などというセンセーショナルな言葉をその優しき口元から吐き出したことにいささか驚きを隠せなかった私ではある。
眠れる獅子は傲然と告白を続けた。
「でもね、実は実話の話、僕とは実は、"眠れる獅子"なんだよね。」
カッコいい…。
とは思わなかった。当然だ。
そんな出し抜けに、我こそは"眠れる獅子"である、などと口走られても、それはあの頃の寝起きドッキリみたいなもので、そして涼風のフィーリング的な感じであり、しかし普段は心優しき眠れる獅子がイキナリこんな深夜のファミレスに私たち仲間たちを呼び出して、我こそは"眠れる獅子"である、などと言い出すからには、なにか特別な理由でもあるのではないか、悪い者たちに騙されて金品を掠め取られているのではないかと鬼心配していたところ、眠れる獅子は闊達として続けた。
「まあいきなりこんなことを告白されてもビックリするよね。ファミチキに醤油かけて食う人がかつて居たけど、あれもビックリしたもの。そんなもの食べてたら塩分過多で若くしてお星様になっちゃうよつって進言致したところ、好きなものを食うて死ぬるのなら結構、とか言ってバリバリとファミチキを食べていたよ。皆さまにおかれましては、今がそんなビックリ具合だよね。でも、なんだろう。もう自分に嘘をつくことに限界を感じでいるというか、眠っている獅子の血潮の迸りが抑えられないというか、とにかくここで一旦僕の本質的なところ、本性的なところを皆に知ってもらって、その上で今後ともよろしくってな感じで今回このファミレス、キッチン・ションベンテリアに集まっていただいた次第なんですけれども。」
この眠れる獅子というヤツは、前述のとおり非常に優しく、穏やかで健やかで逞しい、結婚したい男のスタンダードナンバーみたいな男なのだけれども、それを自分の口から言い出す眠れる獅子の自己評価の高さに、私たち仲間たちはそこに関しても若干ビックリしたわけであるが、しかし、例えば可愛い女の子が自分のことを可愛いと自己評価していても何の問題もないのと同じで、眠れる獅子がごとき優しき、穏やか健やか逞しき、な者が自分のことをそう自己評価していたところでこれも何の問題もないのであり、むしろ自身を客観的に見て正当に評価できているという点においても眠れる獅子はたいへん優れた知性の持ち主であるということで、これを茶化して「あらま。え?優しき、逞しき?自分で自分のことをそんな風に言ってんの?ないわー。え、ちょっと待って。いやないわー(笑)。」等とおちょくるのは、ブスどもが「あの子さぁ、絶対自分のこと可愛いと思ってるよね。ないわー。マッハでないわー(笑)。」とほざいているのと同じことで、これは非常に恥ずかしい行為で、なぜならそれはブスと同じ精神構造の持ち主であるからであり、これは最悪の場合は郷里のご両親に謝罪の手紙をしたためねばいけないことになるため、眠れる獅子の自己評価に関してはこれは正当なものとして受け止めるとして、等とゴチャゴチャ考えていたたころ、沈黙に耐えかねた私たち仲間たちの一人が口を開いた。
「じゃあ眠れる獅子よ。おめぇが眠れる獅子ってことはよ、その眠れる獅子が目を覚ましたらどうなるんだよ。あまりにもトランスフォームするようなら、俺たち仲間たちも今まで通りで眠れる獅子と付き合えるかどうか、俺自信持てねぇよ!」
後半はほとんど泣きながら嗚咽混じりで眠れる獅子に対する思いをぶつけた私たち仲間たちの一人。
此奴の乱れ具合からも見て取れる通り、眠れる獅子は私たち仲間たちにとって、かけがえのないパーソンの一人なのである。
眠れる獅子は優しき口調で、心配いらないよ、とそのパーソンに、私たち仲間たち全体に言った。
「眠れる獅子である僕が例え目を覚ましたとして、君たち仲間たちに何か迷惑がかかるなんていうことはありえないよ。そんなことは僕自身が許さない。だって考えてごらん。眠っていようが、起きていようが、獅子は獅子じゃない。獅子であることは今までと何ら変わりないワケだからさ。ただ僕は、僕が眠れる獅子であるということを知って欲しかっただけなんだ。僕は本質的には獅子であるということを知って欲しかった。だからこのファミレス、キッチン・ションベンテリアに君たち仲間たちを呼び出したまでのこと。ただ、それだけのこと。」
その眠れる獅子の優しき言葉に私たち仲間たちは安心し、また、誇らしかった。
こんな眠れる獅子みたいな素晴らしい人間と仲間であるということが本当に嬉しく思えた。
他の仲間たちも同じ思いなようで、私たち仲間たち1900人は、それぞれ運ばれてきた料理にようやく手をつけ始めるのであった。