人は私を、イケメン、と呼べ

 

はっきり言っておくと、私は別に人から「やあ、イケメン」と挨拶されることが嫌いというワケではない。

これは言っておかないといけないんですけど、イケメン、と言われたところで私はそれを真に受けて「そうなんだよね。だから今度受けるよね、オーディーション。受かるよね、ボキならね。」なんてな感じで鼻高々の意気揚々、興味津々子々孫々なエモーションになるようなことはなく、極めて慎ましやかに「あ、ありがとうございます。そんな風に言っていただけて恐悦至極の鉄兜、やぶらこうじのプラシーボでございなす。」なんて言いながら静かに笑ってただ風に吹かれている、そんな感じになるだけなのに、何を恐れてか世間の人々は私のことをついぞ、イケメン、とは呼びそやさない毎日なのである。

 

これは別に、私のことを殊更、イケメン、と呼んで欲しくて、賞賛して欲しくて言っているワケではなく、あくまで、私に気を使って私のことを、イケメン、と呼んでいない、呼べていないのならば、そこに関しては全然気を使っていただかなくて結構であるし、もし、イケメン、と呼んでくれるとあらば西へ東へ跳梁跋扈、北へ南へ八面六臂も厭わず、少額ならば借金の相談も受け付ける所存であるよ、ということを世間の人々に知ってほしいというだけのことである。

 

したがって、この私の独白を聞いて「あ、此奴は人々に、特にギャルに自分のことをイケメンと呼んで欲しいのだな。ははっ。あれかしら、こういう感情のことを、片腹痛い、と言うのかしら。」なんて捉え方をして私のことを承認欲求の塊であると勘違いされるザリガニみたいな臭いの方もいらっしゃるであろうが、私は決して自分のことを、人々から手放しで賞賛されるような美貌の持ち主である、なのでもっとイケメンと呼ばれて然るべき、などと考えているやうな下賤な者ではない。私はただ、私のことをイケメンと呼びたいのであればそれは全然かまわないし、餃子一人前くらいなら奢るよ、と言っているだけである。

 

ただ、私とて理解はしている。

一般的な美的感覚で見て、大してイケメンではない、つーか、これ不細工やん、ダボハゼやん、屁こき豚やん、コイツの顔面をよおく見ると猪鹿蝶が隠れているよ!みんなで探そう!みたいな、そんな容貌の者のことを

「彼ってごっつイケメンよね。ウチ、ああゆう顔のシトがいっちゃんタイプやねん。」

なんて風に高評価してしまうと親しい友人知人から"尼崎のB専"などの不名誉なレッテルを貼られてしまうこととなる。

一度このB専というレッテルを貼られたが最期、噂は瞬く間に上新庄くらいまで広がり、

「今まではこのチャウチャウの出来損ないみたいな顔面のせいで、恋愛に自信が持てませんでしたが、尼崎のB専さんが相手なら自分でもイケると感じ、この度勇気を出してアタックしてみることにしました。」(大阪府・28歳 無職)

 

「この墜落したばらもん凧みたいな顔面を引っさげて外に出るのが億劫で、引きこもりがちな僕でしたが、尼崎のB専さんなら僕を受け入れ、外の世界へ連れて行ってもらえると感じ、まずは友達から始めてあげようと思いました。」(大阪府・36歳 無職)

 

「尼崎のB専さんのおかげでリウマチが治りました。」(兵庫県・61歳 無職)

 

「尼崎のB専さんのおかげで宝籤で一等当選しました。」(大阪府・44歳 無職)

 

てな感じのB男達が阪急沿線中から尼崎に集結し、街に暗雲が立ち込め、大地はひび割れん。なので無闇矢鱈と他人のことをイケメンと呼びそやすのは良くないよ、なので私に対してもイケメンと呼ばないよ、ということぐらいはわかる。

 

しかし、私はそんな、私のことをイケメンと呼んだ程度でB専扱いされるほどのアグリーフェイスをたたえているというのかい。

ここは断じよう。私は、そこまでのB男ではない。B、すなわち不細工ではない。なので安心して欲しいのは、私のことをイケメンと呼んだとて、B専認定されるようなことは無い(と思う)ので遠慮なくイケメンと呼んでくれても構わない、ということである。

 

以上のことから、世間の人々は私のことを随意にイケメン呼ばわりしても何ら問題は無いということが証明された。むしろ、私のことをイケメンと呼ぶことで「嗚呼、此奴のことをイケメンと呼ぶとは貴様、極めて正常な感覚の持ち主であるとみた。そんな貴様なので、仕事においてそれなりに重要な役目を任せても、これを問題なく遂行することが出来るであろう。慶べ、これ立身出世への第一歩である。精一杯勤められよ。」という評価を世の上司と呼ばれる者達から受けることができるであろうということは自明の理で、逆に私のことをイケメンと呼ばない手はないのではないかという気もしてきたであろう。

 

これからはひとつ、心持ちを改めて、私のことをイケメンと呼びそやしてみてはいかかであろうか。