ダークホースは二度死ぬ

 

初めて降り立った街の、ぶらり歩く道中で見つけた名も知らぬバーへ、店の前でさほどモジモジするでもなく勢いよく闖入せしめ、店内を睥睨しバーテンに案内させる隙を与えずに手前の気に入ったチェアへどっかりと腰を下ろし、そしてバーテンがオーダーを聞きに来るまでもなく店内、いや、ともすれば店の外へも聞こえてんじゃないですか、くらいの大声で「この店でいっちゃん美味いスコッチと、そしてマティーニ!」といきなり二杯も頼んだかと思うとその杯がサーブされるやいなやこれを一息に飲み干し、カウンターを裏拳にてノック様にしたかと思えば「今の二杯、アゲーン。」とまたも続けざまにスコッチとマティーニをオーダーしこれも同様サーブされるやいなやに一息に飲み干す。

もう一度同じオーダー、同じ飲み方を繰り返した後に「これで足るやろ。美味しかった。釣りはとっときな。」なんて言いながらカウンターに高額紙幣をダーンと叩きつけて店を出て行く。時間にして僅か3分。これがダークホースの飲み方、これが遠い夜明けまでの礎。幾千の荒波を砕き、雷雲を背負って本能寺の炎を貪り食らった一騎当千の益荒男とはダークホースのことだ。

 

そんなダークホースは、現在、地元に戻って公務員試験の勉強をしつつ、自身のバー通いの趣味を活かして繁華街にある小さなバーで雇われ店長としてシェイカーを振っている。振って振って振りまくっている。最初の方こそシェイカーの振りすぎで腱鞘炎になり、手首、つーかヒジより下がアニメのポパイみたいにパンパンになってしまい、常連さんの爆笑を攫っていたがそんなことも今は昔、見やれこの豪腕を、見やれこのシェイカー捌きを。これがダークホースの勤務態度、これが天下御免の麻婆豆腐。雇われ店長でありながら店を思い店を憂い、そして「当店より1円でも安く売っている店があれば、その店のチラシご持参で同一価格に致します!」みたいなことが貼り出してあるスーパーや家電量販店で、もしその店よりも安く売っている店があったとして、俺は実際にチラシを持って行って同一価格にしてもらうってのはちょっと出来ないタイプの人間であると常日頃から自覚している呵々大笑のいごっそうとはダークホースのことだ。

 

ダークホースが将来的に目指すところというのが、今は実家住まいで両親の手前、公務員試験の勉強をしてさも公務員を目指しているかのように振舞っているが、そんなものは単なるポーズに過ぎず、実際には吉本新喜劇のセットのような、シルバニアファミリーのお家のような、建物の一方向の壁が完全に取り払われている造りのお家を建てて、その中で平穏に安穏に暮らすこと。

 

しかし、わかっている。そんなトリッキーなお家を建ててしまっては、この一億総カメラマン、SNSブームの現代社会にあって連日連夜の写メ地獄はこれを免れないであろう。マスコミのウジ虫どもも大挙して押し寄せ、"閑静な住宅街に現れた花月うどんみたいな家!"とかいって昼下がりのワイドショーで紹介されプライベートは丸裸。赤信号、みんなで渡ればこわくない。彼方が先に手を出した。責任の所在が薄いと人々は、剥き出し好奇心と少しの嘲りをもってそんなお家に押し寄せ、好きなだけこれを見る。だが忘れるな。お前らがダークホースを見ている時、ダークホースもお前らを見ているのだ。ナイフを使っても良いのは、ナイフを使われても良い覚悟を持ったものだけ。これがダークホースの問題提起、これが天下国家を語るバーチャルハウス。衆人環視のその中で裸の自分を曝け出し、下品な興味にいやさ屈せぬ泣く子も黙る傾奇者とは、ダークホースのことだ。