
もうダメだ!もう無理!もう恋なんてしない!ギブ!
身の丈八尺はあろうかという大男に謎の関節技をかけられ私は負けそうになっていた。
しかし、負けると思ったら絶対に負ける。勝てると思い込めば意外とイケるかもしれぬ。私のココイチが出るかもしれぬ。
だので「おりやっ!」っと叫んでみたものの、何の策も無くただ叫んでみただけなので状況は変わらない。が、いきなり叫んだおかげでこちらが何か仕掛けると勘違いしたのか、一瞬この謎の関節技にスキが出来たような気がした。
"これはもしかするともしかするな。"
私の中に微かな希望の光が差してきた。
もしかするとスキを上手く突けばこの謎の関節技から逃れられるかもしれぬ。そしてなんなら勝ててしまうかもしれぬ。身の丈八尺はあろうかという大男に。
もう一度スキをつくるベク私は「せやあっ!」と叫んだ。しかし、大方の予想に反して、キスして、大男はスキを見せることなく、それどころか謎の関節技に込める力をいや増して強力なものにし、いよいよ私はギブ寸前になってしまったではないか。これはいかん。もしかしなくなる。
「喰らえっ!」
「いまだっ!」
「フラーッシュ!」
「ストライク!」
「ファイナルアターック!」
色々志向を変えて叫んではみても、大男の力は一向に緩むことなく、逆に私の方は謎の関節技によって脳に酸素がうまいこといっていないのか、叫ぶたびにどんどん意識が遠のいていった。
"これはもしかしてももしかしないな。"
敗北。
私の脳裏にそんな二文字が浮かび上がった。
ここで負けたら男がすたる。そんな風に思い常に戦いながら生きてきた。勝負とともに生きてきた。
「惚れたら負けやねやったら惚れさせたら負けじゃない!」
昔、クラスメイトの女子たちがそんなことを話しながらキャッキャしている時、それを横で聞いていた私は笑止、文の意味が全然わからん。やっぱりこの年頃の女子はプリクラやら恋やら高校球児やら、そんな取るに足らんクソみたいなことで頭がいっぱいなのだね。だからそんな脳細胞が少なそうな会話だけして生きているのだね。そんなアホに誰が惚れるか。言うとくけどこっちは忙しくてそんな恋やらなんやらにうつつを抜かしてるヒマはないので。だから私は君たちには惚れないし、つまり負けない。とか思って尖ってて、それがロックだと思ってて、そして全然モテなかった私であったが、まあそれはそれとして、今ならあのクラスメイトの女子たちが言っていたことがよくわかる。
あれは言い換えれば、「謎の関節技キメられたら負けやねやったら謎の関節技キメられへんかったら負けじゃない!」ということだ。しかし私は今、謎の関節技をキメられている。それどころかもはや落ちかけている。キメられているということは私の負けなのだな。
私は大男の腕を手のひらで2、3回タップした。ギブアップのサインだ。
昔の自分なら、ギブアップするくらいなら落ちてやる、と意地を張るばかりで、こうしてタップをするなどということは考えられなかった。
しかし時を経て私も徐々にではあるが大人になっている。今回人生で初めて自ら負けを認めたのがその証拠だ。
やっと負けられた。
やっと負けを受け入れられた。
薄れていく意識のなかで私は、今までに味わったことのない安堵感に包まれていた。
大男の腕から力が抜け、スルリと謎の関節技が解かれた。
私はそのまま地面に四つん這いになり、大いに咳き込みながら脳に充分な酸素を送りこむベクぜーぜーと呼吸を繰り返した。
暫時あって呼吸が整ってきたのでそのままの体勢のまま大男を見上げた。
身の丈八尺はあろうかという大男の、下から見上げるとまるでタワーマンションみたいなガッチリとした身体の頂上にある顔にむかって話しかける。逆光で表情は読み取れないが、おそらく何の感情もないような、強いて言うなら私を蔑み、そして哀れんでいるような面持ちで私を見下げていることだろう。
「貴様は私に敗北を認めさせた初めての男だ。謎の関節技などかけやがって。すごいね。なんか格闘技やってた人?百戦錬磨の私が全然抜けられなかったもの。まぁでもね、そのおかげで私は自ら負けを認めるというこのひとつ大人になった感じを感じることが出来ました。そういう意味では、人格形成という意味では今回私は勝てたのかもしれませんね。いや、もちろん貴様の勝ちなんですよ。それは大前提としてね、まぁこの勝負の中で人として成長出来たのは、もしかしたら私の方かもしれませんね。ってゆう話で。うん。まぁそんな感じで。おつかれさまでした。」
それだけ言って帰ろうと思った私でしたが、大男は「5兆円、耳揃えて返すまでは何処へも行かせない。」といった表情で私を睨みつけ、私はその無言の圧力に負けて(一回負けたらもうあとはどうでもええんですわ)その場で茫と揺曳するのみでして。あぁあ。