
親切な俺は「あら、大人が裸足で外にいる。これ、ただことじゃないわね。」とそのおばさんに近づいて行きなんやかんやあって無事に助けることができたでした。
するとおばさんはこう言ったのです。
「こういうことをいきなり言うのはどうかと思うんだけど、私、こう見えて占い師なのや。なんの取り柄もない私に唯一さずけられた特別な力、それが人様を占う力なのや。だので助けてくれたお礼と言ってはなんだけど、あなたの未来を占ってさしあげるわ。靴も買ってもらったことだし。」
占い師か。
多くの人がそうであるように、私も占いに関しては自分にとって都合の良いことしか信じないタチな私なので、まぁ余計なことをほざき始めやがったらその場で占うのをやめてもらえばええだけのことやし、ここはひとつ占ってもらおうかな、と思ったので。
その旨を伝えるとおばさんは、私の左手をむんずと掴み、手のひらが上になるやうに広げて暫し眺められた。その眼差しは、ついさっきまで天下の往来で裸足で揺曳していたおばさんと同一人物とは思えない灼けるよな眼差しでした。
「このおばさん…モノホンさ!」
私は心の中で歓喜しておりました。
さあ早く占いの結果を。モノホンのおばさんの鑑定結果を知らしめてくれ私に!
私は巨大なおもちゃ屋さんに連れて行ってもらった小さい子供が、ウキウキして、ウキウキしすぎてウンコが漏れそうになるよな感覚でもっておばさんが私の手相を見て発する第一声を心待ちにしておりました。ウンコが漏れそうになりながら。
おばさんは散々私の手のひらをこねくりまわしたあとに、ややっ、という顔をして私を見上げて言いました。
「ヴ。これはなにをやってもアカン手相やね。」
私は一瞬呆気にとられ、頭の中になぜか初恋の女の子の顔が浮かびました。なにか酷いことを言われた気がする。初対面のおばさんに。しかも今しがた私が助けたおばさんに。
私はボケの表情をしていたと思います。ボケの表情でおばさんを茫と見るでもなく見ていたのだと思います。
おばさんは少し怪訝な表情をして私にこう続けました。
「え、なに?もうちょっとナイスな結果を言うてもらえると思った?思ったよね。だって裸足で街を漂っていた私を助け、さらに靴まで買ってくれて、幸せでした。でもだからといって気を遣って占いの結果に手心を加えてしまったら、これはお礼として、謝意として、本末転倒というか、全力の占いで、最高のパフォーマンスを発揮するのがこちらの姿勢なのかなって思って。それで容赦のない結果を上梓致しました。もう一度言います。あなたの手相はなにをやってもアカン手相でしゅ。やる気無くすよね、なにをやってもアカンって。まぁせいぜい人に迷惑をかけんように生きていってください。つーかアレよね。困っている人を助けたのに、そのお礼として酷いことを言われるというこの一連のやりとりが既にあなたはなにをやってもアカン人間だということを表してますよね。申し訳ないけどそういうことなんですわ。」
一気にまくし立てるおばさんを見て私は、怒りというよりもむしろ、悲しみが全身を覆い尽くすような感覚をおぼえました。
人に親切をしたにもかかわらずかなり酷いことをその親切をした相手に言われる。こういった経験は今までにも無いことはなかった気がするというかむしろ、こういう経験ばかりしているような気がする。
思い返せばたしかにそうなの。私はなにをやってもアカン人間だと思うことは何度かあったの。でもいざインチキかも知れぬとはいえ、手相占いの結果でそうと言われてしまうとけっこうキツイものがある。けっこうムカつくものがある。
「おばさん、ザッハトルテって知ってるか?」
「はい?ザッハなに?知らないわよそんなもの。なにをやってもアカン人間なのやから黙っとけよ。急に彼氏ヅラすんなよ。」
「だったら教えてやるよ。くらえ!ザッハトルテ!」
そう叫びつつ必殺のザッハトルテをおばさんに繰り出してからのことはよく覚えていない。なんとなく覚えているのは、おばさんの顔面にパンチをパマと喰らわせたというところまでだ。
気づくと私はおばさんに買ってさしあげたハズの靴を持って、自宅近くの公園で泣いていた。
「なにをやってもアカン手相か。」
ひとりでそう呟くと、なんか笑えてきた。
なにをやってもアカン手相を持ってるということは、なにをやってもアカンということで、だったら逆に、どうせ結果が出ないのであるならもう、なにをやっても良い、どうせアカンのであるから自分に過度な期待を持たなくても良いということで、ほら、ネガティブな意味でやりたい放題ということになるじゃないですか。なるほどね。そう考えたらなかなかありがたい占い結果なように思えてきた。笑けてきた。
だのでその感謝を伝えようと今一度さっき助けたのちザッハトルテを喰らわせたおばさんのところに戻ってみることにした。
おばさんは居ました。遠くからでも判りました。ただ、居るには居たんですが、おばさんはおばさんの隣に座っている私と同じような年頃の男に「マンドラゴラ!」と叫ばれながら顔面にパンチをサイと叩き込まれつつ靴を奪われていたので私はそれを見て爆笑を禁じ得なかったということで。それはそれで。