
観光地やリゾート地の駅や空港に降り立ったときまず私たちを出迎えてくれるのは何だろう?それはエアポートタクシー?それは現地部族の武器のオブジェ?
ノンノン。
ずばり、「ようこそ」でしょう。
私たちはターミナルに降り立ったとき、みな平等に「ようこそ」と迎え入れられ、歓迎され、有志のババアによる地元で好まれている汁物の炊き出しを行ってもらっているのです。
「ようこそ ベリーファームへ!」
「ようこそ 彼らの西の本拠地へ!」
「ようこそ キング巨乳のいる店へ!」
こうしてしょっぱなから温かく迎え入れられているというだけで一気にその町が好きになれるでしょうよ。
全国に流通する不織布の8割以上のシェアをこの町で作られたものが占めており、町民のほとんどが不織布工場に勤めている、みたいなどうしようもない町でも「ようこそ」されるだけでなんかちょっとマシに思えてくるから不思議なんですよね。
この「ようこそ」でみんながつながっていく感じ、大きな丸になっていく感じ、これを私たちは「ようこそ」の魔法と呼んで誉めそやしているワケなのですが、最近友人から聞いた「ようこそ」について、少し首をかしげる感じのことがあったので一応報告していきます。
それは友人が観光で訪れたある町のこと。
その町は全国に流通するビニールテープの9割以上のシェアをその町で作られたものが占めているというテープの町で、あとチョロっと温泉も湧くのですが温泉に関してはそんなに有名ではないので訪れる観光客もほとんどなく、町じゅうどこにいてもビニールのにおいが薄ら漂っていることを除けばまあ人も少ねぇことだし都会にいるよりはよっぽどのんびりと過ごせるので、普段は都会の喧騒の中でしのぎを削っている友人の「とにかく人が少ないところに行きたい」という願望から死にものぐるいで探し当てた穴場的な町でした。
友人がその町の駅に降り立ち一番最初に目にしたもの。それはやはり「ようこそ」でした。
「ようこそ ビニールテープと温泉とビニールテープの町へ!」
ここでもやはり「ようこそ」の魔法でつながっていけてる、大きな丸になっていけてる。友人は改めて「ようこそ」の魔法の素晴らしさを実感し感動し、薄ら漂うビニールのにおいも、自然豊かな景観とのミスマッチ具合が逆にちょっとアリかも、とまで思えたそうです!
駅からはバスに乗れば10分ほどで予約しておいた旅館まで行けたそうですが、テンションもションテンもウナギ登りの友人はあえて歩いていこうと思い立ち、駅でもらった地図を頼りにブラブラと旅館へ向かったのでした。
道中はほぼビニールテープ工場しかなく、たまにすれ違う軽トラぐらいしか人の気配が感じられないというあまりのディストピアっぷりも手伝って、友人は歩き始めて5分も経たないうちにビニールの臭気による強烈な頭痛に襲われたそうですが、それも今となっては楽しい旅の1ページ。「ようこそ」の魔法と工場から立ち上る化学のにおいよる一種のトランス状態で足取り軽く旅館へと歩みを進めました。
「まぁだからその、町民のほぼ全員がビニールテープ工場で働いてるんだけど、やっぱ工場が稼働してるデイタイムなんかは町から丸ごと人がいなくなるのね。そんで幹線道路からだいぶ離れたとこにある町だから車も全然通らないのよ。聞こえてくるのは木々のざわめきと工場の機械が律動する金属音、そこに強烈なビニールの臭気でしょ。生前の罪が軽めの死者が行く地獄ってこんな感じなんだろうなって、失礼だけど本気で思ったよ。「ようこそ」の魔法が無ければ、旅館に泊まらずに帰ってたかも(笑)。」
やっとの思いで旅館に辿り着き、玄関の暖簾をくぐると、すぐに妙齢の女将らしきおばんが友人を迎えてくれたそうです。
「ようこそ ビニール楼へ!」
女将のこの一言により友人は、もうこの旅館に住もうかな、と思えるほどの居心地の良さを感じだそうです。
二階建てのシンプルな造りの旅館でしたが、都会にはない静けさと、温泉ならではの硫黄臭なのかビニール臭なのか、それらと古い建物との混ざり合った感じのにおいもどこか懐かしく、まさに穴場というに相応しい素晴らしき旅館だったといいます。
女将に案内され、宿泊する部屋のある二階へと向かいます。古い家屋ならではの少し急な階段を登りきると女将がこちらに振り返って言いました。
「ようこそ ビニール楼の二階へ!」
友人は、ああ、たしかにこういう「ようこそ」もアリやな、と思ったといいます。
なぜならその「ようこそ」は、旅館に迎えられた一度目の「ようこそ」よりも、 はるかに親しみのこもった、一階から二階へ階段を登る間に女将と出来た関係性があるからこそ出る温もりのこもった「ようこそ」だったからです。
そうして感慨に耽っていると、そんなに広くはない二階です、すぐに宿泊する部屋に到着しました。
「ようこそ お客様が本日宿泊なさる部屋、剣の間へ!」
同じ建物内、同じ人から短いスパンで三度目の「ようこそ」です。さすがに少しクドイのではないかと思うのが普通ですが、友人もやはりそう思ったようで、「あぁっは。」と適当に愛想笑いをしてごまかしたそうです。
友人は少し嫌な予感がしてきましたが、その予想は見事的中し、部屋の中にある設備の説明をするときも女将は、
「ようこそ ここへ上着をようこそ!」
「ようこそ サービスのお茶をようこそ!」
「ようこそ 旅館なら絶対にある部屋の奥の低い机と椅子があるスペースへ!」
「ご飯は17時ごろにようこそ?それか19時ごろにようこそ?」
友人も女将の「ようこそ」攻撃に初めこそ「うぅふ。」「らあぁ。」と返事をしていたそうですが、やがて女将を完全に無視、なんだかビニール臭がキツくなってきてまたもや強烈な頭痛が友人を襲いました。それはもう立っていられないほどに。
「ようこそ」の魔法が解けた。
友人はそう確信しました。
あまりに乱れ打ちされる「ようこそ」にもう魔力は消えてしまったのです。
薄れてゆく意識の中で友人は女将の
「ようこそ!?お客様!大丈夫ですかようこそ!?身体の調子がようこそ!?お客様!ようこそ、ビニール楼へ!」
という声を聞きながら気を失ってしまいました。
それからというもの、友人は「ようこそ」を見たり聞いたりすると、鼻の奥にビニールのにおいが蘇り、強烈な頭痛を催すという「ようこそ」の呪いとでも言うベキ症状に苛まれ、とうとう入院するまでにその症状は悪化してしまいました。先月お見舞いに行った際、私がシャレで「ようこそ 精神病院へ!」と言うと友人は、叫びながらベッドから飛び出して病室の隅で痛みに震えておりました。めちゃくちゃ謝りました。
以上です。