
おいコラ、カリ公。無視すんなやカリ公。
私に呼びかけているのだろうか。
左後ろ斜め45度から知らない人の声が聞こえる。どう考えても私の方を向いて言っている。
でも、まあ、私に対して呼びかけているのではないだろう。なぜなら私は友人が全くいないこの街に今日は一人で来ているし、そもそも私のことをカリ公などという変わった愛称で呼ぶ友人などいない。
もしや私の後ろ姿、このシャンな後ろ姿を見て、私をそのカリ公とやらと間違えているのかもしれない。自分で言うのもなんだが、私ははっきり言ってシャンな方である。街を歩っている時もよく、「ちょっとあれ見なシャンが通る」なんて言われがちなレベルのシャンなのだ。
もし私をそのカリ公とやらと間違えているのだとしたら、カリ公くんも相当なシャンであると予測できる。
いずれにしろ結局はあちら側の間違いであって、私がわざわざ呼びかけに対し振り返り、「私はカリ公とやらではありませんよ。たしかにシャンではありますけど。」と訂正して差し上げる必要があるだろうか、いや無い。よって無視。よって歩。
おいコラ、箱ソバ。無視すんなや箱ソバ。
また声が聞こえてきた。
私に呼びかけているのだろうか。しかし、名前変わってるやん。ということは私に呼びかけているのではないと言える。
なぜなら私が後ろ姿だけ見て間違えられるとすれば、私と同じくシャンなカリ公とやらと間違えられるのみである筈だし、何よりつい2分くらい前までしつこく「カリ公、カリ公」と呼んでいた相手のことを、いきなり箱ソバなどという愛称で呼ぶだろうか。それって立ち食いソバのチェーン店でしょ。
考えられるとすればカリ公さんの別タイプの愛称として箱ソバというのがあるのかも知れない。カリ公と呼んでも反応が無い為、他の愛称で呼んでみたと。
おそらくカリ公さんは相当な箱ソバ愛好家なのか、箱ソバでバイトをしているのだろう。それを仲間が茶化して「箱ソバ、箱ソバ」と呼んでいるに違いない。そして私はそのいずれにも当て嵌まらない。よって無視。よって今度こそ歩。
おいコラ、ジャンボタニシ。無視すんなやジャンボタニシ。
そんなわけがないだろ。なんだジャンボタニシて。これもカリ公さんの愛称のバリエーションのひとつなのだろうか。だとしたら、先ほどの箱ソバもそうであるが、カリ公さんはいわゆる''いじられキャーラ''というジャンルに当て嵌まる方なのかもしれない。箱ソバなどという愛称がついているカリ公さんだ。いじられキャーラだという可能性は極めて高いと言える。私は決していじられキャーラではない。どちらかといえばいじるキャーラである。ということで私に呼びかけているのではない。よって無視。よって歩。否。否歩。
さすがにジャンボタニシという愛称、いやもはや蔑称はいかがなものかと感じる。親しき仲にも礼儀ありというのは本当にその通りで、いくら友人とはいえ、ジャンボタニシという蔑称はあんまりではないか。
カリ公さんは後ろ姿が私に間違われるほどシャンで箱ソバ好きの好青年である。そんな気持ちのいい青年に対してジャンボタニシなどというトリッキーな蔑称を付けそれを呼びさらすというのは、許すベキでは無いと思う。そう、許すベキでは無い。私の正義がそう叫んでいる。
いまこそこの謎の呼びかけ男に対し天誅を下すべき時なり。
おいコラ、スパンコール。無視すんなやスパンコール。
また別のバリエーションをぶつけてきた謎の呼びかけ男に対し、私は憤りを込めて、しかしすぐに熱くなるとこちらが不利になることが多いため冷静に冷静に、「ビー・クール」と何度も心の中で呟きながら静かにヤツの方へと向いた。が、。
私の背後には人など一人もおらず、そこにはただ、荒涼とした荒野が広がっているだけであった。
これが私が今まで体験した中で一番怖かった体験です。荒野からどうやって家に帰ったのか全く覚えておりません。歩かな。
数年前の、まだ夏というには早い、そんな季節の出来事でした。