妖怪口指入れババア

 

目には見えなくても、たしかにそこに居るもの、在るもの。多くの人がそんな目に見えない何かの存在を、どこかで感じたことがあるはずだ。それは街角で。それは一人の部屋で。あと犬や猫が虚空をジッと見つめてたり、なんやったらそこへ向かって吠えたりするときあるけど、あれ怖いよね。「なになになに?(怖)」ってなりますよ。ワンちゃんやネコちゃんには、我々人間には見ることの出来ない何かが見えているのだと私は言いたい。甘く見るなと言いたい。

 

そんな目に見えない何かがガンガン存在してるこの世界において、存在が不確かな割に丸見え情報多数なのがそう、みんな大好き妖怪だ。カッパ、ぬりかべ、妖怪だ。

 

妖怪ウォッチなる玩具がクソガキの間で大流行したり、水木しげるの食生活が話題になったりと、最近またブームの兆しを見せている妖怪。カッパや猫娘、ダイダラボッチにJUJUと、たくさんの人気妖怪が跳梁跋扈するこの妖怪ブームの中、誰からも相手にされていない人気ダントツのゼロ、永遠のゼロといえばやはり、妖怪''口指入れババア''ではないだろうか。

 

妖怪''口指入れババア''。

その名の通り老婆の見た目をした妖怪なのでありますが、この妖怪が具体的にどんな悪さをするかというと、

「時は丑三つ時。深夜。寝ている人の口を無理矢理開けて指を突っ込んで安眠を妨げる候。クソ迷惑で候。しかもその突っ込まれた指というのが実に困った苦さで、指の味が原因で悪夢を見るで候。そうゆう悪さをします。そんな妖怪です。ーーーアホ助大学近代歴史資料室 蔵  1870大江戸妖怪物語より引用」

といったものでまぁ働く悪事も地味やし見た目もババアやしで人気がないのも頷けるのですが、実はこの口指入れババアが我々の成長に一役買っているというのは、これは意外と知られていないことで、そこをもっと出していけよ!と具体的なことも含めてアドバイスするために口指入れババアに久しぶりにいま、会いに行きます、ってことで会いに行ってハナシしてきたんですわ。

 

「まあ人気がないのは仕方ないと思ってるよ。だって寝てる時に口に苦味のある指を入れるわけじゃないですか。これ全然ポップな悪事じゃないよね。砂をかけるだの、おんぶするとアホみたいに重たくなるだの、なんかそういうわかりやすい悪事じゃなくて粘膜系いっちゃってるからね。そら人気は出んわな。」

 

そう言って口指入れババアはゆっくりとタバコの煙を吐いた。その眼にかつての輝きは感じられない。しかし自分の悪事にそれなりにプライドを持っているババアが、かように輝きを失ってしまったのは何故だろう。それには、人気がないということよりももっと深刻な悩みがあった。

 

「最近の子は柔らかいもんばっかり食べてるさかい顎の力は弱いのよ。せやから私みたいなババアでも口開けさすのんは簡単やね。でもね、最近の子ってまず根本的に身体デカいやん?もうね、口までよじ登るのがごっつ疲れんのや。口のとこまで登りきったときはもうフラフラやで。腕もガクガク(TT)メインの口に指を入れる時には、すでに帰りたい気持ちでいっぱいやもんな。」

 

妖怪とはいえ、ババアベースで活動している以上、寄る年波には勝てないらしい。

 

「あと最近の子は寝る直前までスマホーやら何やらやってるやろ。せやさかい眠りが浅いんやろな、私が口に指入れたら「苦っ!」言うて起きよんねん。あれめちゃくちゃビックリすんねん。昔の子はせいぜいうなされる程度やったのが、最近の子は起き上がって私のこと若干発見してるからね。しかも逞しいことには、叫んだり気失ったりするより先にスマホーで写真撮ろうとしよんねん。怖いわほんま。妖怪側が怖がってるわ。」

 

昔は口指入れババアに指を入れられても苦さを感じなくなったら大人の仲間入りとされていた時代もある。確かに昔は、「口指入れのババ様に 指入れられて苦かって 苦なくなったら大人どす」という小唄を子供たちがよく口ずさんでいたものだ。そう、昔は口指入れババアこそが、大人の苦味をガキどもに教える、食育の伝道師的なポジションのババアであったのだ。

私はババアにそういった食育的な方面から貴様の存在の大事さをアピールしてみてはどうかと提案した。

 

しかしババアは「こんな妖怪みたいなもんが食育など吠えたところで片腹痛いやろ。そもそも食育も何も、指やからね。なんか今は少し、まだ悪事にやりがいがあった時代の思い出に寄りかかってる方が心地よいかも。」とだけ言って、人混みの街に消えていった。

 

真冬の或る日の、ババアとの邂逅であった。