彼の見果てぬ夢

 

叶わない夢ほど、人を酔わせる。

禁忌を犯す夢ほど、人を狂わせる。

世につまらない大人が多いのは、それは彼らが夢を捨ててしまった者であるからである。翻って、夢をいつまでも捨てられず、煮え切らない日々にあえぐ者もいる。

それがこの彼だ。

 

彼の夢とは、''チョップで人の首を飛ばすこと''。

 

なぜ彼がこんな物騒な系の夢を持つようになったかというと、チョップで人の首を飛ばすことにより、世から「ギロチンチョップの人」と崇め奉られ、やがて「ギロンチョ君」というゆるキャラを生み出しその権利収入でタイに家を買って悠々自適な有閑マダムみたいな生活を営みたいからであった。

 

だったら他にナンボでもやり方がありそうなもんですけど、男たるもの一国一城の主になるには大なり小なりのスプラッターは避けられないという、彼の厳格な父親からの教えにより、「だったらチョップで人の首を飛ばそうよ俺は。」ということで中学三年生の春からそんな夢を持つようになったのである。

 

中学三年生にもなってチョップで人の首を飛ばすことを夢としている彼のことを、学友や部活の後輩、果ては担任の教師にまでバカにされ、その度に辛い思いをしてきた彼であったが、そんな時は「畜生。バカにしやがってカスどもが。お前らみたいなもん俺がチョップで人の首を飛ばせるようになったら順番に一人ずつ首飛ばしたるさかいな。一列に並んで震えとけダボが。」と、自分のまだ見ぬ能力による復習をイメージすることで悔しさを紛らわせる夜でした。

 

しかし彼が自分の夢は叶わない、叶えてはいけない夢であるということに気付くのは、彼が高校を卒業し大学に入学した後のことであった。

 

彼はチョップで人の首を飛ばすとか言うてるわりには、頭が良く(父親が厳格なので。さっきも言いましたよね。←キレてます)、それなりに偏差値の高い大学の法学部に入学したのですが、そこで法律を勉強するうちにある事実に気付いてしまったのだ。

それは、チョップで人の首を飛ばすと首を飛ばされた人は死ぬので、それは法律的にNGということだ。そう、人はいつか死ぬのです。

彼は自分の夢が、決して叶えてはいけない夢だという事実に絶望しました。びっくりしました。

 

自分はこの若さにして、生涯で一番の夢にまで見た夢を実現させる可能性がほぼゼロになってしまった。よしんば法律を無視してチョップで人の首を飛ばすことに成功したとしても、私は世から崇め奉られるどころか、ギロチンチョップの犯罪の人として世から悪口を言われまくるし、悪口を言われるのは嫌だし、そんな世から悪口ばっかり言われてる人のゆるキャラ「ギロンチョ君」が世から愛されるワケが無く、すなわちタイに豪邸を建てて有閑マダムなスローライフが露と消えた。

 

しかしそこで挫折し絶望しびっくりしたまま、人生を憂いひとり部屋に引きこもるような彼ではない。彼は自分の生涯最大の夢を叶えるために、この現実を変えよう。そう考えた。

夢の実現を阻む最大の壁は法律である(二位は倫理観)。チョップで人の首を飛ばすのはNGとされている現在の法律なのである。

彼はこの現実を打ち破るべく、立法機関へ、つまり国会議員へとトランスフォームしようと考えた。そして「チョップで人の首を飛ばすことはNGではないとする。」という法案を通してやろう。そう考えたんです。

 

国会議員になるためには何をすればいいのかはちょっとよく理解してない彼でしたが、とりあえず先立つものはいるだろう、ということで彼は大学生の頃から今まで、ほとんど休むことなくバイトをしているのであった。しかも3つもバイトを掛け持ちして。

 

そんな努力の甲斐あって、順調に資金は貯まっており、その覚悟たるやモノホンなのですが、ひとつ気になるのが彼はチョップを習ったことがないというこの事実である。

 

チョップで人の首を飛ばそうと思ったら、それなりにどっかの空手の人とかに弟子入りして毎日巨石に向かってチョップを打ち込むとかをしないといけないと思うのですが、いかんせんバイトばかりしている彼にそんな時間はない。

 

 

一般的にチョップのピークは20代後半から30台前半と言われておりますが、そうなると彼に残された時間はあと僅かです。そんな彼のために私たちが出来ることと言えば、「ちょっとそろそろチョップを習いに空手の人のとことかに弟子入りすれば?」とつとめてフランクにアドバイスしてあげることぐらいじゃないですか。泣けるじゃないですか。