終わってしまった夜

 

「どうやら俺たち、別れたほうが良いみたいだな。」

 

「そのようね。」

 

「こんなところだけ意見が一致するとは、皮肉なもんだぜ。」

 

「ふふ。」

 

チャンゴとドリミは、最近すれ違いで衝突しがちなふたりの関係を、さて4年間付き合ってきたけどこれからどうしよう、ということで話し合いをしていた。つまり別れ話である。約2時間。喫茶店。

 

アッサリ別れるもんだよな。渓流釣りクラブのマドンナだったドリミと付き合って4年。付き合った当初はクラブの仲間からずいぶん羨ましがられたもんだよ。「チャンゴはニジマスの代わりにマドンナを釣り上げやがった」「ニジマスを釣るのがあんなに下手なチャンゴが、どうしてドリミを釣れたんだ」「渓流釣りクラブだから渓流釣りに例えたひやかし方をする」なんて口を揃えて囃し立てられたもんさ。そして冗談の通じない性格の俺は度々ブチ切れたもんさ。ブチ切れてみんなが釣ったニジマスを勝手に渓流にリリースしたもんさ。楽しかったよなぁ、あの頃。

といった具合にチャンゴは目の前に座るドリミとの出会いから現在までを、なんとなく思い返しつつ、窓の外を見るドリミの横顔をぼんやりと眺めている。

 

ドリミは視線を窓の外からテーブルの上の空になったコーヒーカップに移してつぶやいた。

「まぁ、私は正直"別れよう"みたいな発想はだいぶ前からあったんだけどね。なんかあなたが別れを決めたみたいになってるけど。その発想自体はけっこう前からあったわ。言わなかっただけでね。うん、あったあった。」

 

このアマ、この期に及んで…。

 

「今それ言う必要ある?もう別れるのは決まったじゃないか。それはどっちが決めたとかじゃなくて二人で話し合って決めたじゃないですか。なんだよ「"別れよう"みたいな発想はだいぶ前からあった」って。そんなもん言うたモン勝ちじゃないか!君から言い出すのが辛そうだったから僕からいったんだろうが!かわいそうじゃねぇか!俺は!」

 

途中からすごい剣幕で言い返してくるチャンゴにドリミも言い返す。

 

「そうゆうとこ。そうやって私をダシにして「痛みを伴う正義を通しました」みたいな顔して傷だらけのヒーローみたいな、千辛万苦の末みたいな、私はそんなの全然望んでないのに勝手に私を慮ってひとりごちて増幅する感じ。そして私がそれに対し「なにしとんねんこのオッサン」みたいな態度でいるとそうやって、こんなに君のためにこんなにがんばってるのに君はそんな態度で、がんばった俺がかわいそう、みたいなことを言うのよ。一番面倒くさいジャンルの恩着せがましさ。ニジマスを釣るのが下手。」

 

かつては愛し合った相手にここまで言われたとなると、さすがに泣き出してしまったチャンゴに、ドリミは呆れて言った。

 

「泣くんだ。びっくりした。泣くのね。大人の男なのにね。最後の最後でそんな風に情けなくズルンズルンになりやがって。いよいよチャンゴ君と一緒にいた4年間を無駄な時間と感じてしまいそうなので帰る。帰ります。まあせいぜい元気で。じゃ。」

 

 

それだけ言い残すとドリミは本当に席を立って帰ってしまった。チャンゴは「だもよぉ…論旨が、論旨が…。」などと呟きながらその後20分間ズルンズルンであった。外ではふたりが出会った頃と同じ季節の風が吹いており、ドリミは何かに対して言葉に出来ない憤りを感じたまま、とりあえず仲のいい友達の電話番号を探して携帯電話のメモリーを捲るのであった。