hear you.

 

「西奥祐樹、世界でたったひとりのライブ。」

いつもどおりのセリフでアイツのライブが始まった。一曲目はもちろん、西奥祐樹唯一のメッセージソング、”まんじがらめ”だ。

 

♪まんじ~がらめ~

世の中で俺は西奥は~

 

まんじ~がらめ~

世の中でまんじで俺は~

 

MJ(まんじ)…oh, MJがらめ~

 

ご想像の通りタイトルの”まんじがらめ”とは”がんじ搦め”のことであり、これは西奥祐樹が”がんじ搦め”と”卍固め”を混同して記憶しているのを気付かずにそのまま楽曲に仕立てている曲なのだ。

西奥祐樹は、アーティストには何らかのテーマソングのようなものがあった方が良いと考えている。西奥がこの”まんじがらめ”を作るにあたり掲げたコンセプトが「この”まんじがらめ”を俺のテーマソングにするのが当たり前や。」ということである。なので、いつも何かに縛られている若者たち、ってゆーか俺西奥、それを打破するための俺の歌手活動なのでこれは俺のテーマソングとして良いということで、じゃあ俺こと西奥の名前を歌詞に組み込んだ方がいいよね、ということでサビに自らの名前を刻み込んだのである。

この曲をセットリストの一曲目にもってくることでオーディエンスを一気に西奥祐樹の世界に引き込めるのだと言いたいところではあるがそれは無理な話で、なぜならこれは”西奥祐樹、世界でたったひとりのライブ”というライブのタイトルが示すとおり、毎週金曜日に無観客でこの丘の上でたったひとりで行っているライブなのでオーディエンスが熱狂!なんてことはないのであるが西奥は熱狂の坩堝にいた。

息も絶え絶えに”まんじがらめ”を歌い上げたあと、西奥は呼吸を整えがてら虚空に向かってMCを行う。

「あい今日も集まってくれなくてありがとう。俺のライブは一曲では終わらないぜ。なぜかって?だって一曲だけ歌って終わるワンマンライブってあんま無いだろ。だから一曲ではおわらないぜー!次の曲はピンポン録音もしたことあるから知ってる人も多いと思うけど、まあ俺の中で一番の社会的メッセージ性の強い曲、原発とか環境汚染とか、いろいろあるけど、やっぱ命ってたくましいよな、って思って書いた曲だ。命の尊さ、そしてしぶとさを歌った曲だ、聞いてくれ。”まだちょっと動いてる”」

やはり二曲目は”まだちょっと動いてる”、ひとりもいないファンの間では「まだうご」として親しまれている名曲中の名曲だ。

この曲はメロディの秀逸さもさることながら社会的なメッセージ性がすごいのだということを覚えていてほしい。

よく「親に感謝、恋人に感謝、今まで出会ったすべての人々に感謝。」といった感じのメッセージが込められた曲を耳にするが、この曲に込められたメッセージとは、

「虫が袖にとまったのでびっくりしてバチンと地面に叩き落としたけど、けっこうな力で叩き落としたのにも関わらずまだちょっと動いてる。この生命力、やっぱ虫って宇宙人なんじゃん?テレビでやってたよ。」

といったもので、誰に対しても感謝をする現在のポップソングスの中にあって唯一この西奥祐樹だけは「虫って宇宙人だよね。テレビでもやってたし。」という極私的な内容、つーか私的なわけでもなく、私的小説の類は作者によってはまだ読めるものの、この曲の場合ただただ擦られきった俗説を特に私的意見も織り混ぜることなく純粋にテレビで見聞きした情報を節にのせて歌っているのみで、普通ポップソングスにはどんなにアホみたいな曲でも1ミリくらいは共感できる箇所があるものであるが、この”まだちょっと動いてる”の場合は共感もなにも、ただ事実を事実のまま、しかもテレビで見たことをそのまま歌っているだけでそこには私的意見はおろか西奥祐樹もあなたも私もいない、ただギターに合わせて節のついた日本語を発するだけの男性がそこにいるというだけの、この世の虚無のすべて。

三曲目は西奥祐樹唯一のラブソング、”赤ちゃん”である。

 

♪この赤ちゃん この赤ちゃんは

この赤ちゃん この赤ちゃんは

 

赤ちゃんにしてはそんなに可愛くないよね

赤ちゃんにしてはそんなに可愛くないよね

この赤ちゃんより君のほうが可愛いよね

 

この赤ちゃん(そんなに可愛く無い)

この赤ちゃんより(君のほうが可愛い)

この赤ちゃん(そんなに可愛く無い)

この赤ちゃんより(君のほうが可愛い)

不思議な気持ちになるね

ならないね

 

この曲の特筆すべきところは、先ほどから何度も申し上げているとおり、観客はひとりもいないのにも関わらず、そして観客を入れるつもりがないのにも関わらず、サビでコールアンドレスポンスがある曲だということである。

いつも西奥はひとりでコールもレスポンスもしているが俺には見える、西奥が武道館のステージに立って、200万人のオーディエンスの前で、あの自分が歌ってそんで観客にマイク向けて歌わせて、みたいなやつをやっている姿が。オーディエンスをにコールアンドレスポンスを求めて耳に手を当てつつ観客にマイクを向ける西奥の姿が。泣ける。

 

”赤ちゃん”が終わった後のMCでは「飲み込みが早いやつと遅いやつの違いってなんなんですかね。」か何か言っておりあまりの内容の無さに何も覚えていないがとにかく何か言った後に三曲目”あいつは家が臭いくせに”と四曲目”それって君じゃなくていいよね”、と二曲目続けてロックナンバーをぶつけてきたかと思えば五曲目は西奥史上最もメロウなバラード、”わかってるけどやりまんねん”をプレイ。こうして今週もライブは最高潮を迎えた。

 

「西奥祐樹、世界でたったひとりのライブ、終わでぃ。」

 

西奥は本当に世界でひとり、自分だけがこのライブのことを知っていると思い込んでいる。私がこうして茂みの陰から毎週覗き見ていることに気づいていないのだ。

 

半年前、たまたまウンコをしにこの茂みに入ったっとき、初めて西奥のライブ、世界でたったひとりのライブを観た。それから今まで西奥はずっとひとりじゃない。君のことも誰かが見てるさ。