肉魚粉の1から10までポンポン

 

ツァンブ先輩は俺が何かミスを犯すとすぐに「おい肉魚粉、おまえ斬るぞ。なあ。あんまふざけてっと斬るからな。」と言ってくるんだけどツァンブ先輩は”基本的に一生丸腰宣言”をしているので武器等の所持を自分自身には認めないことを明確にしているので、ほんなら斬るっていっても何を用いて斬るつもりなのかな、つーか斬るってマジで刃物で斬るってことかな、だったら嫌だよ、死ぬし、と常々ギモンに思ってました。

 

なのでこれは直接ツァンブ先輩に聞いた方が早いと思い早速聞いてみようと思ったんですが、今日のツァンブ先輩は各地域の治安の話ばかりしておりなかなかこちらから話題を提供することができません。しかし私こと肉魚粉の辞書に「ちょっと無理そうかなと思ったら簡単に諦めた後に前言撤回し、もしそれによって周りの人たちに迷惑をかけるようなことがあった場合は速やかにこちら側つまり私こと肉魚粉が全面的に悪かった、やってもうたということを認めこれを謝罪する。」の文字はございません。

 

チャンスは突然やってきました。ツァンブ先輩はアフリカ南西部の治安はハンパなく悪いという話をひとしきり話終えたかと思うと、突如ガタリと席を立ち「ちょっとションベ」と言い残しておそらくお手洗いに行ったのであります。

 

トイレから帰ってきた瞬間といえば神ですら見落とす空白の時間であり、少人数での飲み会において誰か、特にその飲み会のメンバーのなかで一番の年長者、上司、先輩などがトイレから帰ってきた瞬間とあればこれはその場の全員が黙り込む、つまり話題を切り替えるのには絶好の瞬間でありますね。なので私こと肉魚粉はツァンブ先輩がトイレから帰ってきたその瞬間を狙って「ツァンブ先輩、いっつも私こと肉魚粉が些細な、本当に些細なミスを犯したときなんかに「おい肉魚粉、斬るぞ。」とか言うてらっしゃいますけど”基本的に一生丸腰宣言”、つまり基本的にツァンブ先輩は一生武器を持たないということを宣言されているのですが、斬るとは即ち何らかの刃物、つまり武器による傷害でもって私こと肉魚粉のミスを咎めるということですよね。”基本的に一生丸腰宣言”をしていらっしゃるツァンブ先輩の場合に、斬るというのはどういった方法をとることを表わしていらっしゃっていらっしゃるんでしょうか。もし刃物で斬るということなら”基本的に一生丸腰宣言”を破ることになりますし、しかも私肉魚粉は刃物で斬られることを嫌がります。どうしたらいいんですかね。」という具合に、ツァンブ先輩の落ち度を指摘してやろうと、クーデターを起こしてやろうと手ぐすねを引いて待っておりました。

 

抑えきれないニヤニヤをかろうじてビアのジョッキで隠しつつまだかまだかとツァンブ先輩を待っていると、ほら、いよいよおいでなすった!あれに見えるはツァンブ先輩そのものではないですか!

 

ツァンブ先輩は今から私こと肉魚粉による公開処刑にも似た辱めを受けるだなんてゆめゆめ想像していないことでしょう。少し酔っていらっしゃるのか、ちょいと千鳥足気味な、アホみたいな足取りで私の待つ14番テーブル(さっき店員さんが言ってました)までノコノコやってまいりました。

 

ツァンブ先輩はいよいよこの14番テーブルにたどり着き椅子に手をかけました。座った瞬間に上記のツァンブ先輩の”基本的に一生丸腰宣言”に関するあれやこれやを攻め立ててやるつもりです。今夜、この後、山が動く…、私は少し武者震いのようなものを感じつつツァンブ先輩が座面に尻を沈めるのを待っておりました。

 

しかしどうでしょう。ツァンブ先輩は椅子に手をかけたまま全然動かないのはおろか、そのままの姿勢で私こと肉魚粉に「おう肉魚粉よ。おまえ今日飲みすぎだぞ。温かいお茶を頼んでおいたからそれを飲んだら出よう。会計はもう済ましてきたから心配するな。あと会計の時にレジの横にウコンの力があったから俺とおまえの分を買ってきた。二日酔いを抑えてくれるらしい。随意に飲んでね。そしておまえその酔い加減で家まで帰れるか?もしあれなら俺の家で寝て行ってもいいぞ。明日俺はメンテナンスの仕事で早く家を出ないといけないけどおまえは明日バイトとかないんだったら好きなだけ寝ててくれていいから。冷蔵庫にあるものなら何だって食っていいし、棚にコーヒーとかも入ってるから自由に飲んでくれていい。鍵は玄関の靴箱の上に置いておくから家を出るときに鍵をかけて集合ポストの俺の部屋のとこに入れておいてくれればいい。そうこう言っている間にお茶がきたぞ。さあ、これを飲んで帰ろう。」と言ってくるではありませんか。

 

私こと肉魚粉は例の啖呵をなにひとつ切ることができずただ黙ってツァンブ先輩の頼んでくださった温かいお茶をすすっておりましたが、なんだかそうしているうちに自分がどんどん情けない人間であるなぁと思えてきてどうしようもなくなり、居ても立っても居られなくなりて、これを言った後どうしようかなんていうプランの全くないままツァンブ先輩にたいして「ツァンブ先輩!」と叫んでしまったのですが、その際、口の中に未だ残っていた温かいお茶がツァンブ先輩お気に入り(正確に言うとお気に入りかどうかはわからないですけど着用頻度が高い。つーかこれしか着てない)の「Colorado UNIV.」と書いてあるパーカにかかってしまったのです。

 

私は思いました。「斬られる。これは確実に斬られる。オワタ。」と。しかしツァンブ先輩は「Colorado UNIV.」にかかってしまった温かいお茶をおしぼりで拭きながら静かに言いました。

 

「おい肉魚粉、俺はな、もうおまえを斬るとか斬らないとか言わないんだ。だって肉魚粉と俺は産まれた時と場所は違えど兄弟のような、まあ俺の方が年上だから兄弟という括りで言うと俺が兄でおまえが弟ということになるのかもしれないけどそのへんのどっちが兄か弟かみたいなものはいいとして俺はおまえのことを血の繋がりを超えた大切な存在として認識しているので例えば俺がおまえを斬ってしまっておまえがこの世からいなくなってしまったとしたら俺は相当に悲しい、寂しい思いをすると思うのでもうおまえに対して斬るとか斬らないとかは言わないでおこうと決めた。だからおまえが今しがた犯してしまった小さなミスについて俺はこれを咎めない。自由に生きろ肉魚粉。」

 

何回「おまえ」って言うねんってちょっと思ったけど、とにかくツァンブ先輩はこれまでのように「斬るぞ」みたいなことを言わなかったのです。

 

 

ツァンブ先輩のこの感じがいつまで続くのかはわかりませんが、なんか今まで好きなだけ威張りたおしていた先輩が急にしおらしくなると「あれ、こいつまさかヤバイ系の、死ぬ系の病気にでもかかったのかな?それで死後地獄行きを避けるために急に私のような後輩に優しくし始めたのかな?」と後輩である私こと肉魚粉はいらぬ心配をしてしまうので、急にしおらしくなられてもそれはそれで困るという話ですね。