
窓の外をアホが大声で歌を歌いながらチャリンコで通り過ぎていく午前1時過ぎ、俺は部屋でひとりで悶えたおしていたが、そんなことは当然地球上で俺しか知らない、知りようがない。だってこの部屋には俺しかおらへんのだもの。ということを認識して俺はさらに悶えた。
なにをそないに悶えてらっしゃるのですか。と尋ねるのももちろん俺。だがなにをそないに悶えているのか俺にだってわからない。
ただなんとなく、将来のこととか、年金をまともに支払えていないこととか、そもそも俺がおじいちゃんになったときに年金制度はまだあるのかとか、つーかそんな年齢まで生きている気がしないなとか、もし生きているとしても逆にそんな齢まで生きていくことがちょっとメンドくさいなとか、今のこの状況でむざむざ生きさらばえたところで何かええことがあるんやろかとか、お金持ちになりたいワケではないし、かなり慎ましく生きていけるだけのお金を稼げればそれでいいのに、だって二十代になってから今まで、年間で稼いでるお金なんてほとんど変わらないし、暮らしのレベルもかなり低い方なのに、好きなこと、たとえば絵を描いたり、音楽を作ったり、こうして文章を書いたり、それにはほとんどお金なんてかからないのに、なんでこんなに詰まった生活を送らねばいけないのでしょうか。
といったことをひとりで考えていたら悶えるしかなくなった。という顛末を俺は俺に説明していた。
だが説明されたところで俺は、納得も得心もいってなかった。関西出身の者は「あん。ほな納得も得心もいった。おつかれさん。」といって納得も得心もいくと帰ってくれるものなのだが、俺は納得も得心もいってないのでまだ帰れないし、まずもってここは俺の家なのでどこへも帰れない。ならどうしますの。ここではないどこかへ行きたい。
さっき窓の外をアホが大声で歌を歌いながら通り過ぎて行ったことを思い出した。あのアホの気持ちをようやく理解できた。だって今俺は、外へ出てチャリンコに跨がって走り出せば、たぶん大声で歌を歌うもの。歌うものって言われてもって感じでしょうけど、ああ、深夜にたまにバーニングしてるのは男性が多いけど、ああいった人たちも今宵の俺のように部屋でひとり、悶え苦しみ自問自答し挙げ句バーニングしてしまったのだなぁと思いました。レディースデーとかあったら深夜にバーニングする男も少しは減るかもぜ!あと若者の外車離れ、ブランド離れ、ゴルフ離れ、とか言われている若者である僕たちですが「離れ」っていうか金がないってゆうか、しかし金がないってことだけが理由じゃないってゆうか、単純にセンスがない、ダサい、と思っているから寄って行かないし欲しいとも思わないだけです。カッコよかったら食いつくよ、若者だもの。モテたいもの。