よし子とスチーブン

 

今日は晩御飯を外で食べよう。そんな日常の爽やかなスパイシーな気分で、よし子とスチーブンは颯爽とカウンターへ腰を下ろした。メニュー表のなにがそんなに面白いのか、何かを指差してはクスクス笑ったり、スチーブンが耳元で何か囁き、それを聞いたよし子が、「oh、スチーブン」なんて言いつつ頬を赤らめたりしているし、そんなよし子はよし子で、メニュー表を眺めるスチーブンの横顔に小鳥のキッスをするなどしていた。ふたりの間には、ふたりだけの時間が流れていた。恋人たちのふたりだけの時間。甘い時間。いい時間。時間。

スチーブンはカナダはケベック州出身で、現在は外資系アパレル企業の日本支社で営業兼コンセプトデザイナーをしている。なにそれ。どんな仕事?よし子は大学在学中にした海外留学の経験を活かし、外資系の保険会社のグローバル・アソシエーション部、グローバル・ソリューション部、みたいな部署でパソコンとかをしている。

ふたりが出会ったのは2年前、まだ大学生だったよし子がアルバイトをしていた六本木にある外国人専門バーで魅惑の女バーテンをしていたよし子に、スチーブンが一目惚れをし、熱心にバーに通う内に親しくなり交際に至った。ふたりは交際後すぐに目黒にあるスチーブンのマンションで同棲を始めたという(「たという」って言われてもね)。

よし子とスチーブンは主に英語でコミュニケーションを交わしていた。それは駅で、コンビニで、スーパーで、ジムで、家電量販店でもそうだし、スチーブンが仕事で失敗したときも、よし子がオフィスのパソコンを手違いで爆発させてしまったときも、関西人に囲まれたときも、ふたりで韓国旅行に行ったときも、いつもふたりは英語でスピーキンしていた。かといってスチーブンが日本語を話せないかといわれればそうではない。それが証拠に、ディナーにしけこんだときは毎回スチーブンがオーダーをしていたのさ。今回も例によって例のごとく、スチーブンが店員さんを呼んだ。

「すません。ちゅもんいですか?」

おいでなすった店員さん。スチーブンがメニューを指しつつ注文する。しかしスチーブンの日本語はおぼつかないため、店員さんは聞き取ることができずに何度も聞き返すが、やはり聞き取れないのか、どう見ても日本人であるよし子に何度か「お助けて。つーかワレが注文せいやボケ」の視線を投げてはみるものの、よし子は「あの、海外の男性なので。欧米。こういった場合やっぱ男性が全オーダーしますの。理由はレディファーストだから。日本人に無いやつ、レディファースト。なら女性は注文の間なにをしているかって?私を見てわからない?女性の態度ったらこのとおりよ。手前等で呼び立てた店員さんを目の前にして、明らかに困りモードの店員さんを目の前にして、ご覧私の貌。鬼ブスっとして視線はデイアフタートゥモローの方向へスローよね。だってオーダーはスチーブンに任せてあるし、レディファーストだし、たとえ店員さんがスチーブンの日本語を聞き取れなかったとして、日本人であり日本語ネイティブである私よし子が注文したほうがはるかに早く済むとして、私はもう欧米の男性としか話したくないのね。仕事でも外資系の保険会社でパソコンとかしてますから、オフィスはゴードンとかミニチュアシュナウザーとか、もう外国人ばっかりで日本語を一日一度も話さないとかは、これはもうザラなんすよ。つーかそもそも英語教育が遅れたおしてるこのジャペェンの教育制度がディファレン。もう私なんて円よりドルのほうがしっくりくる毎日で、いちいち円をドルに頭のなかで計算しなおしてます。おつかれさまです。まぁこんな牛丼屋でドルで表記されても困るけどね。だってそもそも店員さんで英語話せる方いらっしゃるの?いないの?トホホ…。早く日本のショップも全店舗で英語が通じるようになればいいのにね。まあ無理めかな。たは。たはは。」という不遜かつ傲慢、よし子みたいな欧米かぶれのブス相手に注文を取りに来てくれた、何か食うことを許してくれた、人権を認めていただけたというありがたい、感謝の気持ちなんておくびにも出さず、よし子は白人男性と交際している多くの女性がそうであるように、黒髪のワンレンに異様に濃い化粧、ぴたぴたのニット、合皮のライダース、「え、数多いる日本人女性のなかでなんでこんなよし子みたいなもんなんで選ぶねんなスチーブン。頼むでワレ。」、ミスユニバースの日本代表をどつきまわして四、五日天日干しにしました、といった「日本に面白いことなんかひとつもない」という貌で手のひらを頬に食い込ませておったのじゃ。

「ねぎ抜きとは玉ねぎ抜きのことを言うてるんやと思うけど、この商品には白髪ねぎが乗っておますけど、それも抜くのか、どうなのか。」という店員さんの質問をやっと理解したスチーブンが「それはオッケー?」と英語でよし子に聞くと、よし子は満面の笑みで「あうけい。」と応えた・応した。

かくして店員さんはやっとのことでこのしょーもない国際カップルからのオーダーを取り付け、島型カウンターの向かいで座る俺のもとへ来てくれた。

上のようなことを勝手に想像して俺は激怒しており、しかしこれは店員さんにはなんの責任もないので極めて平常に「アタマの大盛りで。」と注文した後にほとんど一気食い。お腹も満たされ、まぁ、よし子とスチーブンに対してちょっとムカついてたけど、どうでしょう。腹が満たされた今、俺は。俺は。すっきりしていた。

よし子、俺の妹は白人男性と交際している。おまえみたいな不逞の輩がいると俺の妹までそういう目で見られんじゃん。ヤじゃん。あとスチーブンに影響されて朝にしかシャワーを浴びないの、あれやめなさい。ちゃんと夜に、お布団に入るまえにお風呂には入りましょう。冷静に考えてどっちが清潔かい?賢いよし子ならわかるですよね。ほなそうせいや猿が。

あとスチーブン、おまえにはもう多くは言わんけどこれだけ聞いてくれ。「郷に入っては郷に従う」ということで。俺はおまえの国の常識とか知らんし、それを他国で押し通そうとするのは、これはもう世が世なら戦争です。気に入らんことがあったら言うてください。強制送還するんで。猿が。

 

ということで満腹でも激怒。