
場末の焼き鳥屋で、マイケルとクソマイケルはほぼ毎週末酒をのんでいます。ふたりはとても仲良しです。仲良しである理由はそう、ふたりがふたりともマイケルという名前だったから。同じ名前のくせにいつも一緒にいる仲良しなふたりなので、周囲の人たちが片マイケルに用があって呼びかけても、両マイケルが「うん?」って振り向くのが少しウザいというのは感じていましたが、そこは持ち前の小さなことは気にしない精神で乗り切っておりました。とくにクソマイケルは小さなことは気にしなさすぎるあまり、男がモテるための必須条件である”マメさ”が皆無なため、もう十年近い間、好い仲の女性がおりません。結婚して子供もいるマイケルにとって、もう四十代も後半に差し掛かったクソマイケルがいつまでも独身であることは少し気がかりでありました。マイケルのそんな心配をよそに、クソマイケルはへらへらと酒ばかり飲んでおりました。
今週もいつもどうりいつもの焼き鳥屋で酒盛りをするマイケルとクソマイケル。話題はもっぱらクソマイケルの恋愛観についてでした。はっきり言って四十代後半の男性の恋愛観なんて聞いたところで時間の無駄遣い、寿命の無駄遣いな筈なのです。しかしこのクソマイケルという男は一度語りだすと止まらず、しかも面白い事をひとつも言わず、こちらが何か意見を言っても「いや、じゃなくて~」と必ず否定から入り、そのくせたまにこちらに意見を求めてきたかと思ったら「ん~?笑」と鼻で笑うので、ムカつくので話題を変えようとすると「いや、まだマイケルの話終わってないから。そしてね、」などと平然とつまらない語りを続行するといった具合なのでええ加減マイケルもなんでクソマイケルなんかと仲良くしてるんやろ。もう来週はクソマイケルと飲まないでおこうかな。正直俺は家で家族と過ごしていたいって気持ちもあるからね。明日は息子をサッカーに送って行かないといけないので朝も早いしな。決めた。もう来週はクソマイケルとは飲まない。そうしよう。誘われても何か予定があると言えばいいしね。そうしようそうしよう。と腹を決めたあたりでクソマイケルはいつも必ず「でもなマイケル、俺はお前がいてくれへんかったらもうただの独身のおっさんやで。友達もお前以外におらんし。寂しい生活や思うわ。せやさかい、ほんまマイケルには感謝してるわ。おおきにやで。」とマイケルに対し友人としてこの上ないほどの感謝を丸出しにして微笑みかけるため、マイケルもなんだかんだでクソマイケルのことを嫌いにならずにいました。しかし、今夜はなんだか様子が違います。
「こらマイケル!お前今俺の事なんて言うた!おぉっ!?クソマイケルやと!?お前それどういうことじゃコラァ!」
なにやら喧嘩をしている様子。いつも仲良しなふたりなのに、今夜はいったいなにがあったのでしょう。
「あぁん!?クソマイケルだからクソマイケルって言っただけだよこの野郎!ながながとつまらねぇ話聞かせやがってこの野郎!屁こいただろ!いやこいたよ!面白い事はひとつも言わねぇくせに屁は立派にこきやがってこの野郎。ほんとはクサマイケルって言おうと思ったけどそれじゃさすがに哀れかと思ったからクソマイケルって言ったんだよ!」
マイケルがそう言い終えるとクソマイケルは「普段温厚な彼が怒鳴ったことに私はちょっとびっくりしてます。」みたいな顔でモゴモゴしていたのでマイケルはさらに、
「おいマイケル(クソマイケル)、はっきりいって三十代から今日まで、ろくに彼女もできていないお前の恋愛観なんて聞いたところでなにも共感できないしためにもならない。人は共感できないことためにならない事に対して興味なんて持てないんだよ。それをお前は俺のテンションを気にする素振りもなく気持ち良く語りやがって。俺には嫁もいれば子供もいる。べつにだからといって俺が正しいとは思ってないけどマイケル(クソマイケル)お前はわざわざ人に語るほど恋愛をしてきてないし、なおかつ自分の恋愛観がズレたおしているという事に気付いていない。これは悲劇だ。お前はいま悠々と悲劇を語っている。長い時間、恍惚にも見える表情を浮かべて、俺に対して。みてみろ、ねぎまなんて冷えてカチカチになってしまってるじゃないか。お前は俺に悲劇を語り、さらに俺の好物であるねぎまをマズくもした。まあそれだけならいつものお前だ。もう俺だって慣れてる。お前のそういうところには。しかし今日はお前、屁までこきやがって。悲劇とカチカチのねぎまとクッサい屁。俺が我慢できずに「クセぇよクソマイケル」とボソッと言ったのがそんなに腹が立つことなのか?そんないきなり怒鳴るようなことなのか?俺は今まで散々我慢してきたよ。小さい頃から仲のいいお前だからな。同じ名前だし。でも今日のお前はひどい。ひどすぎる。俺が密かにお前が独身であることを心配しているなんてこと、お前は知らないだろう。おい、泣いてるのか?泣きたいのはこっちだよこのクソマイケル。」
クソマイケルは俯いてメソメソと泣きながら言いました。
「でもな、クソマイケルは言い過ぎやん。今まで同じマイケル同士仲良くしてたやん。あんまりやわ。過激やわ。」
マイケルはあまりにも情けないクソマイケルの姿を見てヒートダウン。さすがに少しクソマイケルが可哀想に思えました。しかしクソマイケルが泣きながら俯きながら冷えたねぎまをモサモサ食べ始めたので、改めて今後の付き合い方について考えるのでした。