正義を守るためのデンさんの日課

正義を守るためのデンさん

デンさんとは毎日が生き生きと光り輝いて生きているような、この街じゃ珍しいタイプのロン毛の中年男性です。それがデンさん。

デンさんにはいくつかの日課があった。まずは朝一番、お経を読むことです。お経のリフレインがデンさんをトランス状態に導き、普段は見えないモノが見えたり、聞こえない音(神の声)を聞いたりすることができるようになるそうです。

ここで一句、「大工さん カンナとビスで カンナビス」(生きる)

お経でガンギマリになったあとはトーストと一緒に缶チューハイのロング缶を飲みます。もちろん流行りのストロングヴァージョン。ロングヴェイケイション。お経で得た涅槃をさらなる高みへ、ゴリギマリまでカチアゲする作戦です。ここへ至るとデンさんは、もう家などという空間には自分を留めておけなくなります。デンさん、いよいよ外へ、広い世界へと元気いっぱい出て行きます。

午前中からもはや宇宙と共にあるデンさんのバイヴスは家の外へ出てもなおとどまることを知りません。デンさんお気に入りのショップへ一目散です。デンさんのお気に入りショップといえばもうお判りですよね。

So、ご名答。POLICE BOX。交番でございます。

正義を守ることこそが、自分がこの世に生を授かった理由(wake)、存在証明と信じるデンさん。そんな正義の化身が毎日交番に足を運ぶのは当然のことですよね。

だいたい午後一からいつも交番の入り口横に立って迷える衆生に睨みをきかせるデンさん。たまに思い出したように「明るい世の中を守る!」「俺は正しい事をしたい!そのために仕事も捨てた!仕事は正しくない!正義ではないので!」などと大声ダミ声。世間に問い続けます。

そして説法も佳境に差し掛かるとデンさんの十八番タイムに突入です。ここからがデンさんの正義の見せどころ。

交番の入り口横で説法をぶっていると、やはり人目をひきます。何人ものど素人がデンさんを怪訝なeyesで見つつ尻目に殺して行き交います。デンさんはその中から特に弱そうな、できるだけガリガリで背丈も小さく服に龍とかがプリントされていない男性(デンさんは決して女性を怖がらせません。聖者であり騎士でもある。)に対してマンツーマンで説法を行います。

今日もお眼鏡に適う浪人生風の男性をロックオンいたしました。デンさん、さっそく声をかけます。

「おいこらぁ!おめぇなに見てんだよ!おめえだよおめえ!こちとらデンさんだぞ!海水なんだ!見やがって!」

急に声をかけられた浪人生風の男性(以下、タコ)はびっくりして立ち止まります。その一瞬をデンさんは逃しません。タコに距離を詰め(なんば走りで)一気に畳み掛けます。

「おめぇ俺のことを、デンさんのことを見てただろう!自由な気持ちで見やがって!朗らかな気持ちで見ましたか?おめぇあんまりふざけてっとやっちゃるぞ!俺はなぁ、空手で黒帯、柔道で黒帯、クラヴマガなんかも嗜んでおり、ボディも本日はことのほかファインだ!海水なんです!海の海水!」

タコは困惑した様子でなんかブツブツ言ってますが、ヴォルテイジがマキシマムなデンさんにタコごときの戯言などもはや届きません。

「おめぇら若ぇのがもっとがんばらねぇからこの国が悪くなんだよ!しっかりしろよ!学歴社会に押し込められて、資本主義で削り取られて、結局この世は金なのか?お役人どもは今日も俺たちを洗脳することに躍起になっておる。見逃すな!本質を見極めるために貴様のeyesはついている!安心しろ!デンさんについてこい!貴様も、俺と同じ涅槃に連れて行ってやる。」

このあたりでお呼びでない者、そう、警察(ただのハコポリ)の登場です。まだ説法の途中であるデンさんを衆生から無理やり引き剝がし帰宅もしくは拘留の二択を迫られます。

「なんだ警察ども!デンさんよりも悪い事してるヤツいっぱいいるだろ!貴様ら警察どももよおく知っているはずだ!なぜデンさんのような弱い者をいじめる!海水か!おまえら警察はなんのために存在している!恥ずかしくはないのか!貴様はなぜ警察を志した!」

デンさんは自分を抑え込む警官を振りほどいて言います。

「正義を守るためだろう!」

さて、言いたい事も言えてスッキリしたデンさんは交番でちょっとした書類を書いて後、帰宅いたしました。

残る日課はあと僅か。お母さんの作った晩ご飯をストロングのチューハイとともにいただきます。晩ご飯の時の話題はいつも一緒。

「お母さん、あんな、今日な、駅前でな、正義を守るために活動してきてん。ほんでな、一人ええ感じの男の子がおってん。正義顔の。ほんでな、一緒に涅槃目指そ言うてな、誘っててん。本人めっちゃ乗り気やったわ。でもなあとちょっとのとこで邪魔入ってん。なんや思う?」

デンさんはひときわ大きな声で、全宇宙に届くかのような大声で叫びます。

「またポリや!またやで!毎日毎日ポリと揉めてんねん!あいつらデンさんのこと張ってるんやて!間違いないでホンマ!こうも毎日やとちょとたまらんわ!」

お母さんは流しで洗い物をしつつ無反応です。しかしデンさんは続けます。

「ちょっと明日もポリ来よったらさすがにちょっと言うわ。ちょっとしつこすぎや。あれアカンで。もっと捕まえなアカンやついるやん?悪い事してるやついっぱいいるやん?なんで俺ばっかりやねん。ちょっとさすがにアタマきてるさかいなぁ。言うたほうがええかもわからんな。」

「ほな寝るわな。明日も忙しいさかい。正義やから。正義は基本的には忙しい。デンさんは疲れた。寝る。おやすみ!おつかれさん!」

 

そう言い残すとデンさんは自室へ引っ込み、おちんちんをちょっと触ったりした後に寝ました。明日も正義を守るために充分に体力を回復させる作戦です。まったくこのストイックさには頭が下がるばかりです。世界はデンさんのおかげでギリギリのところで正義です。さて、デンさんに感謝しつつ、我々素人は寝ますか。ふん。