
あれは小学生の時の習字の授業、好きな漢字を書くという課題を出されました。
適当に書いて提出を待つ列に並びます。私の前にはTくんという生徒が並んでおりました。
Tくんはイラストを描くのが好きな生徒でした。Tくんの自由帳にはたくさんのイラストが描かれていたことを覚えています。
列が進み、Tくんが提出する番です。私はTくんが先生に見せた書を見て衝撃を覚えました。
Tくんの半紙には、右上に小さめに「新」、そして真ん中に大きく「世界」と書かれていたのです。
「新世界」。
当時まだそんな単語を知らなかった私は、その単語の響きのカッコよさとちょっと工夫されたTくんの書き方に、当時はまだ知らなかった概念、ロックを感じていたのだと思います。
あの衝撃は間違いなくロックでした。
すごい。なんという発想だ。なんかわからんけどめっちゃカッコイイやん。
口には出しませんでしたが、心はザワついておりました。自分が提出しようとしている「呂比須」と書かれた半紙を丸めて捨てたくなりました。
すごいなTくん。あんたはホンモノや。
しかし、先生は言います。なんで字のバランスが均等じゃないの?後から「新」って書いたの?
Tくんも言います。いいえ、こう書いたほうが面白いと思ったんです。
そして先生。でも字のバランスがおかしいから書き直してきなさい。
びっくりしましたよね。「こう書いたほうが面白い」っていま説明しましたよTくんは。
確かに先生あなたにこの書の素晴らしさは理解できないかもしれない。でも、たとえ先生あなたに理解できないとしても、Tくんはさっきあなたに説明したように意図してこう書きましたよ。
しかしまだ小学生だった僕たちにとって、年をとったアホを納得させるのは難しいことでした。小学校教師のようのような人種なら尚更。
かくして僕たちの教室のうしろにある掲示板には「希望」だの「友達」だの、あらかじめ先生が書かせたかった漢字の書かれた半紙がアホ面で貼り出されておりました。
ちなみに私の書いた「呂比須」も先生的にボツだったので「平和」と書いて提出しました。
Tくんがいまどんな風に生きているのか知りませんんが、先生、あんたはあのときTくんの何かをへし折りましたね。それは素晴らしい枝葉を伸ばしていたかもしれない。重くみなさい。
Tくん、あのときの「新世界」は素晴らしかった。その証拠に俺がいまもこうして覚えている。もしかしたらTくん本人も忘れてるかもしれないけどね。
HUMANBIRDはあなたを欲します。